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そこから少しばかり考え事をしながら廊下を歩く。
目の前を泣きそうなシグニがこっちを確認しながら歩いている。
「・・・、やっぱり怒っていますよね?」
「んー、怒ってるってか呆れてんだ。・・・まぁ貴族なんてこんなもんだろ。」
まぁ、よくある典型的な貴族っすよね。イベントとかで毒殺されたり、主人公達に成敗されたり、イベントとか魔物とかになってたり、イベントとかでラスボス化したり、まぁよくあるやつっすね。所詮やられキャラ的な。
流石にこの状態で楽しくおしゃべりは出来ない。
「・・・。」
「あぁ、ここまででいいさ。村までの道はわかるから。」
「・・・本当にすみません。」
門までちゃんとシグニは案内してくれたがここまでだろう。
既に馬車はしまってあるのか姿が見えない。・・・行動がはええな、おい。
「はいはい、謝らない。まぁ、俺は結構鍛えてるから。村までなんてすぐさ、すぐ。」
マジですぐ。
「・・・。」
口を開いたら謝りそうなのか頭を下げ、そのままのシグニ。いや、それ謝ってると同じだからね。
「・・・ま、もう会うことはないだろうけど。じゃあな。」
「・・・さようなら。」
正直シグニが不憫でしょうがないが、俺が口を出す問題じゃない。今んとこモロに敵側だしな。・・・シグニが嫌々従ってるってのなら俺もなんとかしたいが、そんな感じしないし。
まぁ、人のことに首を突っ込むのは俺の悪い癖だ。
歩き出した俺を頭を下げたシグニが見送る。
てことでシグニの気配が屋敷に戻ったので気配を消し、荒鉄で目元を隠す仮面を作って、黒いマントを羽織り、再突入です。
いや、だってあの領主からあれが生まれるなんて信じられないし。もしかして何かしらの事件なのでは?いや、まぁだからなんだって話なんだが。
少なくとも消し飛ばす前に領主に会って色々聞いとくべきなんじゃないかな。
・・・さっき考えてたことと行動が違うって?今更やん?
そんなことを考えながら門を突破し、屋敷の目の前。
もういっかいザッと気配を探り領主がいそうなとこを探す。・・・なんとなく身分の高い人って、高いとこにいそう。・・・でもこれ、・・・これでいいのか?
あまりにも反応が薄すぎる。
・・・とりあえずあの三階の窓が空いてる部屋だな。侵入は容易だ。
音を立てずに一息で窓の空いてるとこまで上り、そこから部屋をのぞく。
そして、俺は後悔した。
「ん、・・・どなたかな?」
突然窓の方から息を飲む声が聞こえる。
私は、ベッドに横になったまま首をそちらに向けると仮面を被った小さな影が見えた。
「あ、・・・チッ。・・・。」
「ははは、窓からのお客さんとは珍しい。・・・すまないが、声を張るのも辛いのでもう少し近くに来てもらうと助かる。」
仮面の影はとてもバツが悪そうに、こちらを見ていたがやがて私の頼みに従ってこちらによってきてくれた。
「客人に会うような服装でなくて申し訳ない。・・・見ての通り、少々手間がかかるのでな。」
「・・・いや、いい。」
その仮面の小さな影はとても澄んだいい声だった。しかし、その声は震えていた。
「・・・君は暗殺者の類かな?それならば心配しなくとも・・・」
「違う。」
「・・・そうか、・・・なら少しばかり話し相手になってくれないか?」
「・・・かまわない。」
自分でも窓からの侵入者に何故そんなことを言ってしまったのかわからない。
ただ、今は少しばかり気分がいいのだろう。そんな気分なのだ。
それからただ、なんとなしに話をした。
昔からこの辺りは魔物の被害が多く、苦労した話。
この領地を授かった後に妻を娶り、一緒に頑張った話。
子供を授かった代わりに妻が旅立った話。
少しばかりの無理が祟って、この状態になった話。
子供を送り出す場所を間違え、そして子供の将来だけが心残りな話。
・・・自分でも驚くくらいにスラスラと話が出てくる。
それを仮面の影は相槌を打ちながら静かに聞いていた。
「すまない、・・・俺には助ける事が出来ない。」
静かに聞いていた小さな影が震えた声で小さくそう言った。
「ははは、大丈夫だよ。・・・自分の体の事だからね。わかってるよ。」
「・・・すまない。」
さらに小さな影はそういった。
「・・・君は私の領地の子なのかな?」
「・・・あぁ。」
「・・・そうか。・・・君みたいな子がいるなら、私の領地もまだまだ捨てたもんじゃないな。」
どれだけ大きな国に挟まれていようと、恵まれていない土地だとしても、そこに住んでいる子がこれだけ人の痛みがわかるなら、悪くはないだろう。
「・・・一つだけ、貴方の為に曲を送りたい。」
そう言って小さな影は宝物庫から弦楽器を取り出し、静かに音を合わせ始める。
「・・・いいだろうか?」
「あぁ、・・・心地いい、いい音色だ。」
軽く引いた音だけでこの子がこの楽器を大切にしているのかが伝わってくる。
「・・・地球儀の旅。」
そして、演奏が始まった。
幻想的なその音は、私の耳を通して心に広がり、心を満たしていく。
あぁ、こんなすっきりとした気持ちはいつ以来なのだろう。
私がかつて歩んだ道は、私がかつて描いた地図はどこまでも広がっていくのだろう。
・・・私がいなくなった後もどこかで誰かの地図と繋がっているのだろう。
頬を涙が伝わった。
「あぁ、いい、曲だ。」
「・・・俺にはこれくらいしか、出来ない。・・・貴方のこれからがいい旅路であることを祈っている。」
とても素晴らしい演奏だったのにも関わらずその子は本当に悔しそうにそう言った。
「・・・ありがとう。」
「・・・。」
その仮面の影は無言で楽器をしまうと窓の方へと向かった。
「・・・すまない。」
そして最後に一言残して、窓の外へ仮面の影は消えていった。
「・・・失礼します。」
「あぁ、シグニ。いつもすまないね。」
しばらく余韻を噛み締めていると扉をノックする音が聞こえシグニが部屋へと入ってくる。
この子は昔からこの家で働いていて、本当によくしてくれる娘の様な存在だ。
「いえ、・・・心なしか今日は顔色がよろしいようですが?」
「・・・?あぁ、とても素晴らしい事があってね。」
あの演奏が聞こえなかったのだろうか?・・・いや、聞こえてるのならばすぐに人が来るだろう。あの子が何かをしていたのだろう。
「?夢のお話でしょうか?」
シグニが首を傾げる。確かに私はもう歩く事もままならないので当然の疑問だろう。
「あぁ、・・・まさに夢の様な出来事だった。」
「??」
シグニがまた、首を傾げる。・・・いや、あれは私の心に大事にしまっておこう。
「あ、すまないが窓はもう少し開けておいてくれ。・・・まだ余韻に浸りたい。」
「え?はい、わかりました。」
余り風に当たりすぎるのも体に悪いので窓は定期的に締めているが今は別だ。
もう少し、素敵な侵入者がいたという余韻に浸っていたい。




