外伝9
深い森の中をひたすら走る。傷跡が疼く。
足取りは重いが、それを止める事はないだろう。
後ろを走る息子たちを見る。おぼつかない足取りだが、それでもしっかりと着いてきてくれる。
この子達を守れたのならこの身の事など。些細なことだ。
この傷を癒す時間があるのならそれは今ではない、少しでも先に足を進めるべきだ。
今の異常な森の中ではそれしか術がないのだから。
夜通し走り続け、小さな川辺でその足を止めた。
ここが限界だ。まだ幼い子供達も、そして自分自身も。
ここで休み、英気を養うべきだ。
限界だったのか後ろを着いて走ってきた息子の一人が川に頭を突っ込んで倒れる。
やはり限界だったのだ。もう一人の息子も倒れそうになっている。
私も体は限界だったが、それでもこの子達の為にもここで倒れるわけにはいかない。
疲れた体に鞭を打ち、川で溺れそうな息子を助ける。
ひとまずの休憩だ。・・・そしてまた走らなければ、この子達を守れない。
酷なことをしてると思う、でもそれしかないのだ。
二人の息子が無事に川の水を飲み始めたのを確認し、私も川の水を飲む。
「・・・怪我をしているのか?」
頭上から聞こえた声にハッと身を翻す。ここに来て警戒を緩めてしまった、他の気配に気がつかなかった。
「そう警戒しなくてもいい。・・・群れはどうした?」
川辺の石の上に白い狼が立っていた。異質であったが同族に会えたと思う気持ちが上回っていた。
「わ、私達の群れは・・・、私達を残して全滅したでしょう。」
「・・・そうか。」
静かに真実を告げる。あの異常な大群では生き残ってるのもいないだろう、
「・・・今の森の中は異常です。私達はなすすべもなく・・・、かろうじて、息子達を無傷で逃がすで精一杯でした。」
途端に目の前の白い狼が目を伏せた。・・・何かあったんだろうか?もしかして、私達と同じ様に群れを失ったのだろうか。
「グルルゥ・・・。」
「やめなさい、失礼でしょう?ちゃんと休憩していなさい。」
息子が白い狼に牙をむき出し威嚇する。自分達の群れ以外の狼を見たことがないからだ、それに白い狼なんてそういるものでもない。
「いや、いい。・・・そうか、魔物に襲われたのか。」
「はい、・・・あの、無理を承知で頼みたいことが。」
苦々しい顔をした白い狼は私の次の言葉を待っているのだろう。何も言わなかった。
「・・・私はこの傷ではもう長くないでしょう、息子達を・・・。」
「・・・。」
言葉を切って反応を伺う、もう長くないであろう私が傍にいるよりもこの白い狼に託したほうが少しは生き延びる確率が上がるだろう。・・・息子達の成長を見れないのは残念だが、生きてこそだ。
「お願いしても・・・。」
「・・・少し、待て。我の一存で決めれる事ではない。」
「・・・わかりました。」
やはり難しいのだろう。白い狼にも自分の生活がある。自分の子供ではないものの世話など到底出来ないだろう。群れの問題もある。・・・群れが残っているなら、だが。
「・・・。ロクに休憩もしてないのだろう?我の事は気にせずに水を飲むのだ。」
「・・・はい。」
白い狼は虚空を見つめながらそう言った。・・・何をしているのだろうか。
「ほら、あんまり飲み過ぎないようにして。・・・少ししたら、獲物を取ってくるから。」
「おなかへった。」
「へったー。」
自分の息子達を横目に水分を取る。・・・痛む傷を治す暇もなく、狩りに行かねば。
「・・・話がついた。主様が来てくれるそうだ。・・・我には傷を癒す術がなくてな、すまないが少し待ってくれ。」
「え、はい・・・。しかし、この子達のごはんがいるので・・・。」
「それは我が取ってこよう。この場に居てくれ。」
そう言った瞬間に白い狼の姿が消えた。
「・・・。」
私は傷のせいで夢でも見ていたのだろうか。
「おなか・・・。」
「・・・。そうね、そろそろ動きましょうか。」
傷を舐め、癒しながらしばらく待っていたが、一向に白い狼が来る気配がない。
やはりあれは幻だったんだろう。
「・・・待たせたな。少々手間取った。」
「え・・・。」
動き出そうとした瞬間に白い狼が姿を現した。音も出さずに自分よりも大きな獲物を引きずって。
「え、あのこれは・・・。」
「やはり主様の様には難しい・・・。あぁ、気にせずに食べてくれ。」
頭の部分が無く、胸に大きな穴の空いた猪が目の前に置かれる。
私の記憶が正しかったら、この猪は群れでも仕留めるのが困難だったはずだ。
「・・・いいのですか?」
「おにく!」
「たべもの!」
「待ちなさい!」
「気にしなくていいと言ったはずだ。・・・それに少しは食べて体力をつけないと主様が来る前に力尽きてしまうぞ。」
「・・・ありがとうございます。」
「ありがとおじちゃん。」
「ありあと。」
感謝しかなかった。息子達が猪に群がるのを眺めて、自分もそれに加わることにした。
「・・・おじちゃんと言われる歳でもないのだがな。」
白い狼は苦笑した様にそう呟いた。
「さて、我はそろそろいくとしよう。主様と顔を合わすと気まずいのでな。」
「・・・え、行ってしまうのですか?」
「・・・そう心配しなくても主様に任せれば問題ない。・・・もうすぐここに来るだろう。」
顔に出ていたのだろう。白い狼はそんなことを言った。
「・・・これくらいしか我には出来ないのだ。・・・やはりまだまだ修行が足りない。」
「あ、ありがとうございます!」
そう悲しそうに言って白い狼は後ろを振り向いて森の奥に入っていった。
「おなか、いっぱい。」
「いっぱい。」
「そうね。・・・このままここで待っていましょう。」
白い狼を信じてここで待つ事にする。・・・幸い、水場の近くで、獲物の肉もまだもつだろう。一日くらいなら待てる。
「・・・ねむい。」
「うん、ねむい。」
「・・・寝るならそこの石の影にしなさいね、そこなら隠れる・・・っ!」
そこまで言った瞬間に。地面に何かがぶつかる音がした。
咄嗟に痛む体を抑えながら身を翻してそちらの方向に向き直るとそこに一人の子供がクレーターの中心に立っていた。
「ーーー。ーーーーーーーーー、ーーーーーー?」
「・・・グルルルゥ。」
異常な状況だ。だが、人間の子供がここにいるのは間違いない。
今の私でもこの子供なら問題なく倒せる。何も心配することはない。
後ろで同じ様に警戒している息子達が心配だが、すぐに仕留めてしまえばいいだけだ。
「ーー?ーーーーーーーーーーー、ーーー。」
無防備にその子供が足をこちらに向けて歩いてくる。
「ーーー?ーーーー。」
あと少しで私の範囲に入る。もう少しこっちに来い。
「・・・。」
そして、時が止まった。そうとしか考えられない程体が動かなかった。
何が起きているのかわからない。ただ、この子供を襲うなど無理だ。
体も心も何かに押しつぶされそうだ。
「ゥー・・・!」
わたしの横を何かが飛び出していった。それを息子達だと確認し、必死に体を動かして止めようとする。まだ息子達にはあの子供の異質さがわからないのだろう、むしろ錯乱しているのかもしれない。
「ーーー?」
飛び出していった息子達が子供に飛びかかった。子供は器用に手を動かし、息子達の首元に手回し抱え上げるようにして捕まえた。
今動かなくては息子達を守れない。今・・・。
(あー、聞こえてる?動かないでね?)
必死に体を動かそうとしていると頭の中に声が響いた。
その如何にも間抜けそうな声に一瞬戸惑ってしまう。
(人族の言葉がわからないのは盲点だった・・・。とりあえず、聞こえてるなら動かないでね?威圧解くから。)
体を押さえつけていた重圧が嘘のように無くなる。・・・声の事もあるが、息子達を人質に取られてるので動けない。
(聞こえてるっぽいな?・・・銀のやつ俺の事言ってないのか。まぁとりあえず傷治すぞ。)
子供が足をこちらに進める。
途端に体が軽くなる。傷口に目をやると綺麗さっぱりとなくなっており、血の跡があるだけだ。
(こいつら返すけど、動かさないようにしてくれな。)
そういって子供は息子達を地面におろした。
「ウゥ・・・!」
(む。・・・あぁ、俺に唸ったわけじゃないのか)
すぐに息子達が動き出しそうだったので唸り声でそれを止める。
この子供が何を思って行動してるのかわからないので動かすわけにはいかない。
(えーっと、銀、・・・白い狼から俺がくるって事聞いてない?)
白い狼、と言うことはこの子供が主様とやらなのだろうか・・・。
(なんかリアクションがほしいな。・・・合ってるなら首を縦に、違うなら首を横に振ってくれ。)
子供がそう提案してきたので首を縦にふる。
(よし、・・・白い狼から俺が来るってのを聞いてたのは合ってるか?・・・合ってるな。それで出来れば保護したいってのも合ってるな?・・・よし、条件があるがそれを呑むなら保護するがいいか?)
首を縦に振っていくとこの子供はやはり白い狼が言う主様なのだろう。
・・・あの白い狼、銀さんはこの子供の部下だったのだろう。
(条件って言うのはあれだ。村で生活して、その周辺を守ってほしいってだけだ。もちろん人族は襲わない、ごはんもちゃんと出す。何か要望があるならそれはちゃんとのむ。)
ここから私達狼の生活が一変した。
それはとても良い事だと、少なくともこの時の私は思っていなかった。




