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ここにきて何度目かの後悔。
「こいつ、どう考えても化物すぎるだろ…。」
「ヒューイ!正面抑えて!」
「やってるけど止まんねぇんだよ!」
「その辺もアイコンタクトでやれるようにしろよー。」
現在、あまり詰め込みすぎてもダメだろうシェリーさんが判断し、リードの一存により俺達は戦力の見極めと言う名の模擬戦へ。
リードがその場で作り出した木製の武器を片手に現在奮闘中である。
1対4。圧倒的な人数差があるにも関わらずこちらは終始押され気味だ。
布陣は俺を先頭に右翼にお嬢、左翼にロイ、後方にメルといつもの狩りと一緒の布陣だ。
これでもDランクの依頼をこなしてきている俺達なのだが、こいつにとってはそれくらいの連携では無意味に等しいらしい。
そう、全くの無意味。なぜならリードは二本の短剣を両の手に目を閉じ、こちらの攻撃をさばいているからだ。
「数で有利なんだから囲む様に動けよー。」
そう言いながらも囲む様に動いているお嬢に接近し、その動きを両手の短剣で上手く制御し、囲まれるようには動かない。
「そんなこと言っても囲ませてくれないじゃん!」
「そこを上手く誘導するのがお前達遊撃の役目だろ?」
今度は素早く後退し、ロイに向かって急接近し押し込むように、しかしギリギリで防げるような攻撃を繰り返しロイを後退させる。
「無理無理無理!!止められないって!」
「無理に止めなくてもいいんだ。それはヒューイの役目だから、それをサポートする様に動け。遊撃がもろいとそこから崩されるんだぞ。」
「ひぃー!!」
ロイが泣き言のように無理を繰り返しながらも後退しながら俺への道を作ってくれる。
「そうだ。そうやってやればいい。そうすればこうやってヒューイが出てきて相手に張り付けるからな。」
完全に動きを読まれてるがそうするしかない。いや、そうなるように仕組んでいたんだろう。開始早々はそれこそこちらが攻めるような形になっていたはずだ。しかし、リードがまぁ、こんなもんだよな。と呟き目を閉じた瞬間からこの形に変化していた。
こちらの動きを誘導し、かつ隙もある程度は見せこちらにも反撃の機会を与える。
完全に俺達の訓練になっていた。
「メル!今のタイミングだと味方に当たる可能性があるだろ!もっと回り込め。相手は一人なんだぞ、前衛が押さえる事を信じてそれを援護するのがお前の役目だろ。」
「痛っ!…うん!」
俺とロイの間から飛んできた石をリードが軽く短剣でいなし、そのまま蹴りでメルの方に飛ばす。後方からメルの悲痛な声が聞こえるがそっちまで気を回せる余裕がないが返事があるので大丈夫だろう。
「ロイ、心配なのはわかるがそれでお前が崩れたら本当に全滅するんだからな。」
メルの方に気がいったんだろう。綺麗な足払いでロイが倒れるのがわかる。慌ててロイを庇うように距離を詰める。
「そう、崩れたらヒューイの負担になる。ハピも攻めあぐねてるんだったらフェイントでも入れてそっちに気がいくように少しでも動け。」
同じように両手に持った短剣をリードに切りつけるがそれを片手の短剣で軽く当てられるだけで全てズラされる。後ろでロイがゴソゴソと動いてるので横に避ける。
「あ痛っ!」
「お、今のはいい感じだな。ただそれも立ち上がる事を優先した方がいい時もあるからな。その辺の見極めも重要だぞ。」
俺の背後からロイがリード目掛けて投げた木製の投げナイフは完全に死角からの一撃だったがあっさりとベルトに短剣を仕舞い、片手が自由になったリードに掴まれる。それを投げ返されてロイの頭からいい音がする。
これには流石に俺の足も止まる。
「…どうやって崩せって、言うんだよ。見えてねぇんだよな?」
「まぁ、休憩だな。…見えてねぇけど、視えてんだよ。」
肩で息をしながら休憩の一言を聞いてその場に崩れ落ちるようにして休む。たった一時間程度でこれだ。
リードの自分の事を言う言葉の半分は意味がわからん。
「まぁ、軽い運動程度にはなったな。ヒューイに関しては流石と言ったとこか、よく動けてると思う。ハピはもっと積極的になれ、味方がやられてるのにぼーっと突っ立てんじゃねぇぞ。ロイはもうちょい周りを信じろ、まだ連携が甘い。メルは位置取りに気をつけろ、後衛だからって動かなくていいわけじゃねぇぞ。むしろ一番動ける場所だろう。」
汗一つ出てないリードがそのまま先ほどの模擬戦での注意点を飛ばす。これが目を瞑りながら対峙してた相手の言える事だろうか。どう考えても信じられないが目の前でやられたらどうしようもない。
圧倒的な差とはこの事だろう。
「やることが多すぎて時間がそんなに取れないからな。基本的に全部模擬戦形式でスパルタでいくからな。」
同じように疲れきって項垂れている全員に向かってリードがそんなことを言う。かなり厳しいが所詮俺達は雇われた身、現在の待遇を考えれば破格だろう。
三食の飯付き、ほぼ危険のない道中、それでいて報酬ももらえる、そしてこのように鍛えてもらえる。破格のはずなんだが…。
「きっつうぅぅ…。」
吐き出した様に言うハピを見ながら俺も同じように荒い呼吸をするしかなかった。
「何アレ、ちょっとおかしいんじゃない?」
「まぁ、元々銀ちゃんくらいしかまともにマスターと模擬戦してないですからね。あれくらいしないと差が埋まらないんでしょう。マスターなりの手加減ですよ。」
ルクがマスター達の様子を眺め、そんなことを言うが私にはあまり関係ない。
あっちはマスターに任せ、こちらはフラン、エル、ルクの三人に魔法を教える事が最優先だ。
マスターの魔法に対する持論はわかるのだが、如何せん初心者に教えるようなものじゃない。
「…【ウォーター】」
エルがそう唱えながら手のひらから水を出そうとする。汗みたいに手のひらの上に水の塊が現れるだけだが初日でこれなら相当出来がいい。…またマスターが何かしたんだろう。
「いい調子ですね。気持ち悪くなったらすぐに休憩してくださいね、焦ることはないので。」
「…はい。」
「んー、お姉ちゃんみたいに上手くいかないなー。【ファイヤー】」
ルクが手をかざして魔法を唱えると手の先の空気が揺らめく、その場所に本当に小さな火が出るが一瞬で消滅する。
「ルクはもう少し集中力が続くようにしましょう。維持できないと魔法で形を作り出した意味がないですからね。」
そうは言っても初日で形を作るだけでも対したものだけど、これは言っても仕方がない。
「…。」
先ほどから無言でフランは魔法を使っているがあまり芳しくはない。
元々そんなに魔法を使うってことをしてこなかったのである程度は出来るがそれ以上は厳しそうだ。
今も【サンドボール】を目の前に浮かべて何か考えるようにその使い道を模索してる。
それでも無詠唱でそれをこなしているので普通の魔法使いからみたら卒倒ものだが、ここの基準が狂ってるのでそれでよしとはならないだろう。
「どうなるんでしょうねぇ…。」
未だに大きさの安定しない雷牙と風牙を眺めながらそう呟く、既に角を消すのは安定させているようだがもう少しかかるだろう。




