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「はぁ…、しょうがないですねぇ。銀ちゃん、迎えに行きなさい。」
シェリー先輩が事の顛末を聞いたあとに我の頭を撫でながらそんなことを呟いた。
これはいつものことなのでこの役目は自分なのだと理解はしていたが、…今は行くのを迷ってしまう。
「…。」
「ついでに話したいことがあるならマスターに言ってきなさい。」
「シェリー先輩?」
「ずっと塞ぎ込んでいるよりも直接マスターにぶつけた方が楽でしょう。マスターならちゃんとわかってくれますから。」
「…。」
シェリー先輩を見上げるとこちらにウィンクをする。主様は気がつかなかったが、この人は気がついていたのだ。
我の内にある葛藤。力を持った主様に仕えるがゆえの…。
元々は奇妙な縁だった。使役された後に何故自分を選んだのか不思議になり聞いたことがあるが、主様はバツが悪そうに乗りたかった…、とポツリと呟いたので本当にそうなのだろう。
その時点で何かがおかしい気がするが、普段の主様の行動から納得は出来る。
主様は良くも悪くも気まぐれ、思いついたことを即やる人だ。そして問題はそれが出来てしまう実力があることだ。
最初は困惑したがそれでも主様の実力を見て、自分の力が使役されたことにより爆発的に上がった事実を目にし。この人についていけば強敵には困らない、むしろ一番の強敵は主様なのだ。そう思ったのだ。
主様の訓練に付き合い、そして主様から初めての命令で敵を討ち。自分でも主様についていける、主様の思いつきにも苦笑しながらも付き合える、そう自信がついた。
その自信が全て吹き飛ばされてしまったのだ。あの模擬戦によって。
主様の実力は桁違いだった、追いついたなんてとんでもない、あの人はただ我々に速度を合わせていただけなのだ。制御出来無い力なんて意味がないと主様は言っていたが、遠からず主様は制御するだろう。
その時我は隣にいられるだろうか。
どう考えても無理だろう、あの時の主様を見ることすら出来なかったのだ。
「ほら、早くいきなさい。」
「…わかりました、少し行ってきますね。」
少し考え込んでしまったが、促されて体を起こす。
自分だけで考えても仕方がない、シェリー先輩の言う通り主様にぶつけるべきだろう。
思いをぶつけて、主様の判断に任せるべきだろう。
主様ならきっといい道筋を示してくれる。…多分、きっと。
「…銀ちゃんがどんな選択をしたとしても、マスターなら…大丈夫ですよね?」
匂いを頼りに主様を追う途中、後ろから自信のなさそうなシェリー先輩のつぶやきが聞こえたが苦笑するしかなかった。
「んー、襲われたってのとは違うんだが、あいつらの目的がみえんな。」
ストレートに大魔王を倒してくれとか言われたが、流石にそれをはいそうですかと信じるほど俺も馬鹿じゃない。聞きたいことはもっとあったが、ひとまずは乗り込んできた銀に感謝するべきか、絶対面倒なことになっていたからな。…いや、いっその事全部聞き出した方が楽だったのか?あいつらが今回の全ての元凶だし…。
「ありがとな、銀。」
「いえ、主様に怪我が…。」
「んん、どうした?」
銀の頭を撫でながら感謝の言葉を述べるが、銀の言葉に続きがない。真顔で何か考えてるようだ。
そういえば、出発の時…、いや模擬戦が終わったあたりから銀の口数がいつもより少なかったし、色々考えてるような感じだった。なんか悩んでるのか?
「なんか思うような事があるのか?」
「…主様、一度我の本気の勝負を受けてもらえませんか?」
銀がこちらに顔を向け、そうはっきりと口にした。
「なんでまた…。」
「今の主様にどれだけ通用するか、試してみたいのです。」
「うん?…試さなくても銀は十分強いと思うが。」
「いえ、ただ強いだけでは意味がないのです。」
「んんー、それで銀の悩みが解決するのか?」
「はい、…きっと解決するでしょう。」
自信の篭った銀の目を見る。これは勝負を受けないわけにはいかないか…。
「ふむ、わかった。」
「ありがとうございます…。」
「ルールはどうする?」
「もちろん、なんでもありです。…我は主様を殺すつもりで行きます。」
「おいおい、物騒すぎんだろ。…え、俺死にそうなんだけど。」
「ご冗談を、主様はいつも通り我を倒してくれればいいだけです。」
そう言いながら銀は俺から少し距離を取るように目の前をトコトコと歩いていく。
「いやいや、…マジ?」
「はい。…我の本気を受け止めてください。」
10m程先に進んだ銀がそう呟き、こちらに向き直った瞬間にトップスピードで飛びかかってきた。




