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ダミアノス

 ダミアノスが猟から戻ってきたら、彼の部落が二百名を超えるフローイ兵に急襲されていたという。物陰に隠れ潜んで聞いたフローイ兵の話から、生き残った男と女子どもはカイーキへ連行されて火あぶりにされるという。彼一人では何も出来ず、このアイアネスを指導者とする集落に救いを求めに来たのである。

 ロユラスは理解した。各地の街道に出没する山賊に怯えたフローイ国内で物資の往来が減少している。軍が威信をかけて山賊討伐に乗り出したと言うことである。山賊といっても、このアイネアスをリーダーとする集落のように、戦える男手は集落の人数の半数にも満たないだろう。戦いの訓練を受けた兵士に襲われればひとたまりもないのである。

 ダミアノスはアイネアスに膝を屈するように、彼の手を取って懇願した。

【俺の娘も捕まった。お願いだ。お前たちの手で助け出してくれないか。三日後には集落からウィアーテ街道を通って移送されるらしい】

【捕まったのは何人居る?】

【ざっと三十人。いや、怪我人も入れたら五十は、いるかも知れない】

 ダミアノスの言葉にアイネアスは一瞬口ごもり、眉を顰めて首を横に振った。

【この部落の仲間は女子どもも含めても八十人だ。二百の兵と戦って、怪我人を含む五十の仲間を連れて逃げるのか。そりゃ無理だ】

【無理は承知だ。どうか一人でも二人でも助けてやっちゃもらえないか】

【ダミアノスよ。お前の気持ちは分かるが……】

【では、どうだ。俺がこれから一人で兵士たちの中に切り込んで暴れてやる。その混乱に乗じて捕まっている者を一人でも良い。救い出してやってくれないか】

 ダミアノスの言葉をアイネアスは黙ったまま首を横に振って否定した。そんな事をしても、ダミアノスが無駄に死ぬだけで、二百を超すフローイ兵の間に混乱を起こすことなどとうてい出来ないだろう。

 そもそもフローイ軍兵士たちが目立つ街道を移動するのは、捕縛した者たちを囮にして救いに来る仲間を一網打尽にしようとする意図があるのだろう。当然、フローイ軍兵士たちはその戦闘準備に余念が無いはずだ。捕らえられた仲間を救いに行くのはそんな罠に飛び込むのと同じである。

 ロユラスは傍観者として周囲を観察し、彼らの会話を聞いていた。アイネアスだけではない。ヴァレリアを始め集落の者全てが沈痛な面持ちで黙っていた。救いたいとは思うが、可能性が見いだせないやりきれない失望感がこの場を包んでいた。

 ロユラスは縛られたまま樹に繋がれているクセノフォンに目を移してみた。当然、クセノフォンも彼らの会話を聞いていたはずである。何か怒鳴り散らしたいらしく、猿ぐつわの下で盛んに口を動かしているクセノフォンに、ロユラスは口元に手を当ててみせ、黙って話を聞くことが猿ぐつわを取る条件だと伝えた。クセノフォンはやむなく頷いた。

 ロユラスが猿ぐつわを外すのを待っていたかのように、クセノフォンは口の中の干し無花果を吐き捨て、腹にたまりきった怒りの言葉を放とうとした。その瞬間、この集落に溢れる沈痛な思いを破るかのように、ロユラスが彼の名を叫んだ。

【勇者クセノフォン!】

 ロユラスの大声に、クセノフォンは怒りを忘れ、他のギリシャ人たちはそれまでの失望感を忘れてロユラスに視線を注いだ。ロユラスは言葉を続けた。

【あんたも部下を焼き殺された恨みがあるでしょう。兵隊に一泡吹かせてやろうと思わない?】

 ロユラスの言葉にクセノフォンが一瞬のためらいを見せたのは、確かにその意思がないわけではないということだろう。しかし、彼はすぐさま現実的な返答をした

【ダメだ。仲間をこれ以上殺させられない】

【いいえ。一泡吹かせて逃げるだけで良い】

【何をする?】

【ウィアーデ街道がマキツキ街道に合流するあたりが、両側が切り立った崖で、隘路になってるでしょう】

 ロユラスの言葉にギリシャ人たちは頷いた。ロユラスはこの辺りを歩き回って、街道沿いの地形を熟知している。ロユラスはヴァレリアに視線を移した。

【ヴァレリア。あんたソウソス川沿いに住む仲間の話をしていたね】

【それがどうしたのよ】

 ロユラスはヴァレリアに答える間もないという風にダミアノスに向き直って言った。

【集落を襲われたと言っても、無事に逃げた者も居るでしょう。ダミアノス、そう言う仲間を集めることは出来る? 一人でも多い方が良いわ】

 ロユラスの言葉の意図はよく飲み込めないものの、ダミアノスは同意して頷いた。

 ウィアーデ街道の隘路、マキツキ街道、ソウソス川、 まとまりのない地形がロユラスの中に一つにまとまって興味深い計略が生まれていた。

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