ロユラスの奇計
砦から再びランロイの方へと引き返して間もなく、街道に差し込んでいた日の光も西の山の斜面に隔てられて届かず、山間の道は木々で薄暗い。戦の前は、港と旧都ランロイの間で物資を運ぶ荷車や商人がせわしく往来する街道だったらしいが、今は警備の兵の数が減り、山賊共が勢いづいて危険が増した。自然に往来する人々の姿も減った。
ロユラスはそんな寂しげな街道で、不安げに視界の利かない山の斜面を眺めて言った。
「大丈夫かな」
「何が」
「山賊のことさ。もう、俺たちを見つけて襲ってくる準備をしているのかもしれない」
「旦那。それは言っちゃなんねえ。悪い言葉は、森の悪霊に聞かれたら、本当になっちまう」
牛使いは左手で牛の引き綱を操りながら、右の指先で額をこすり道ばたに大きく唾を吐いて悪霊よけの呪いをした。牛使いが怯える様子があり、ロユラスを満足させた。牛使いが怯える様子は檻の中の青年も見ていたらしい。面白そうにあざ笑った
「そうだ。直ぐに仲間が俺たちを助けに来る。そうなったらお前たちは皆殺しだ。覚悟しておけ!」
牛使いは怒り狂って、牛に使う鞭を振り回した。
「この腐れ蛮族どもめ、ここで、先に俺が殺してやろうか」
「おいおいっ、大切な商品だ。傷つけないでくれよ」
「おまえの言うとおりになるぐらいなら、焼かれた方がまだマシというものさ」
女の言葉にロユラスは首を傾げて見せた。
「そう言うものかね。お仲間のような黒こげの亡骸になりたいと?」
「あんな奴らが、仲間なものか」
「いや。助けに来てくれた奴らにそんな言い方をしちゃいけないな」
「誰が助けに来たって? あいつらが俺たちを追い回している内に、兵隊に見つかって、みんな捕まっちまったのさ。あいつらが居なきゃ、兵隊に捕まるヘマはしてないよ」
檻の中の囚人が語るのは、ロユラスが想像していた内容と違った。もう少し詳しい事情を聞き出したいと考えたが、牛使いが口を挟んだ。
「旦那。蛮族どもに、それ以上話をさせちゃいけねぇ。こいつらの言葉は森の悪霊を呼ぶらしい」
牛使いの言葉に、ロユラスは肩をすくめて檻の中の人物たちに尋ねた。
「本当かい? 怖い、怖い」
「馬鹿野郎。森の悪霊なんか呼ばなくても、俺が悪霊になってお前たちを殺してやる」
笑顔で答えようとしてたロユラスが、突然に何かに気づいたように振り返って、誰もいない背後の景色を丹念に眺め回した。ロユラスの怯える演技に、牛使いも不安げな表情でたずねた。
「旦那。何かあったのかい?」
「何かの気配を感じたんだ。絶対に……、何かが、いた」
「何が?」
「山賊共の殺気か、森の悪霊の邪悪な吐息か……」
ロユラスは言葉を途切れさせたかと思うと、牛使いからその背後へと視線を移して驚いて見せた。牛使いも背後を振り返ったが、もちろん何もない。
「何です? 旦那」
「いや、お前の後ろに誰かの姿が見えたような気がしたんだが、気のせいだったらしい」
不安げな表情のロユラスの脅しに、この牛使いは即座に提案した。
「旦那。この先の川のほとりに視界の利く場所がある。そこで夜を過ごしましょう。明日、早朝に出発すれば、昼前にはウィアーデ街道と合流点だ。道も少しは賑やかになって山賊よけになりまさあ」
日が落ちるよりかなり前に、牛使いが提案した宿営地に着いた。この辺りで流れを屈曲させるソウソス川の流れと街道が接する位置で、広い河原があって、風通しが良く、見晴らしも利く。牛使いは日没を待たずに、周囲を照らすかがり火代わりの焚き火を大きく炊きあげた。遠くからでも人目を引く欠点はあるが、忍び寄ってくる山賊どもを見つけたり、森の悪霊を避ける効用はあるだろう。牛使いはロユラスの脅しを本気で信じているのである。




