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ランロイのロユラス

 リーミルは背後に人の気配を察した。リーミルが立ち止まってみると、足音も止まる。一定の距離をおいてついてくる足音には存在を隠そうという気配はない。

「誰? えっ……」

 振り返ったリーミルは息をのんだ。背後にいた男に、今まで考え続けていたアトラスの面影を感じ取ったからである。むろん、男はロユラスである。リーミルはこの不思議な男には以前に王都カイーキで出会った覚えがある。

「お前、何者?」

 リーミルはそう尋ねながら、近づくロユラスの足を払って倒そうとしたが、男は器用に彼女が繰り出した右足を避けた。

「今日は正体を聞かせてもらうわよ。腕づくでもね」

 リーミルはそう叫んでロユラスの顔面に拳を繰り出したが、ロユラスはそれを避けてくるりと背後に回り込んで、リーミルを背後から抱きしめた。背後から両腕ごと体を抱きしめられると、リーミルは攻撃手段を封じられたように見える。幼い頃からお転婆で剣技や格闘技も学んでいて、男をあしらう自信もあったが、あっさりと押さえ込まれてしまったのである。一方、ロユラスはもともと格闘技の素質があったのかも知れないが、リーミルの攻撃を避けた軽快な身のこなしは、小舟で漁をする時に体得したものである。

「何者かと? お忘れとは嘆かわしい。以前お会いした商人のロユラスでございます」

 リーミルの背後からそう囁くロユラスの腕は優しく温かでリーミルに危害を加える気配はなかった。リーミルは笑顔で振り返って尋ねた。

「商人なんて、嘘。本当のことをおっしゃい」

「私はしがない小さな町で生活を営んでおります。今はこの地で大きな商いが出来ないかと考えておりました」

「その商いで他国に売る物は、このフローイの有様と動向?」

 彼女はロユラスにこの国を探りにきたスパイかと問うのである。彼女は穏やかにそう話しながら突如、右膝を勢いよく上げた。そのまま踏み下ろして踵で背後のロユラスの足の甲を砕くつもりである。

 しかし、彼女は踵が地を踏みつける衝撃と痛みで眉を顰めた。彼女の体の筋肉の動きを腕に感じて彼女の意図を悟ったロユラスは、太い腕をほどいて彼女と距離を取ったのである。痛む右足をかばってよろめくリーミルに、ロユラスは心配そうに声を掛けた。

「お怪我はないですか?」

「大丈夫よ。お前を王の館に連行するまではね」

「王の館まで行かれるのですか。それなら、途中までですが……」

 ロユラスはそう言って、リーミルを抱き上げて歩き始めた。

「お話でも伺いながら、私が館までお送りいたしましょう」

(なんて、ふざけた男)

 おそらくそのイメージが、ロユラスをアトラスと区分する点だったろう。顔立ちは似ている。しかし、腕に抱かれて眺める男の顔は、妙な自信と野望に満ちていて、荒々しい行動の内側に子犬のような愛らしさを感じさせるアトラスとは別人である。

 彼女は辺りを見回した。しかし、王女を侮辱するこの男を捕らえよと命じるべき兵士の姿はなく、民衆の姿ばかりである。民に武術に練達しているように見える男を取り押さえるよう命じて、非力な民の身に危険が及ぶことは避けねばならず、何より、民に助けてくれと懇願するのはリーミルの誇りが許さなかった。

 彼女は気分を変えて微笑みながらロユラスに尋ねた。

「スクナの板に書かれていたこと、気になる?」

「なんのことでしょう」

「ルージ国の敗北、王リダルのこと、王子アトラスのこと。お前の死んだ家族の事よ」

 リーミルは敢えて、リダルとアトラスを男の家族と称した。しかし、ロユラスはぴくりと眉を動かした以外、動揺するそぶりを見せない。リーミルの推測は的外れだったのかも知れない。

「商人にとって気がかりは、この戦をいつ、どんな形で終わらせるのかと言うことですよ」

「お前の手で終わらせるような口ぶりね」

「神々が、私のその運命を与えてくださるのなら」

「神に歯向かう反乱軍など、直ぐおじいさまの軍によって鎮圧されるでしょうよ」

「これから戦うグラト軍のこと。北方で勢いづく山賊たちのこと」

 ロユラスが笑顔で言った言葉は、リーミルの心の奥底の心配事を言い当てていて、はからずもリーミルは動揺する表情を浮かべた。ロユラスは彼女を優しく抱え直し、彼女の表情を評して言った。

「なんと素敵で素直な王女様だ。知りたいことを可愛いお顔で教えてくださる。」

 リーミルの表情で、指摘したことがリーミルの気がかりなと事だと分かったというのである。相手の心を探るつもりが逆に探られてしまったのである。

「ほらっ、館が見えて参りました」

「ロユラスとやら」

「何か」

「お前が何者かはもう問いませんし、そんなことに興味はない。でも、その厚かましさと大胆さはフローイ向きね」

「それも正直者故の資質でございましょう」

「私に仕えなさい。今の雇い主が出している報酬の倍の銀貨で貴男を雇いましょう」

「商人にも、自由と道義がございます。いきなり立場を変えるなど商業のニメシスが許さぬでしょう」

「私の申し出を断れば、兵に命じて貴男を追わせるわよ」

「それは無理というものでございましょう」

 そう言いながらロユラスは辺りを大げさに見回してみせた。そんな目的に使える兵士が何処にいるのかと言うのだろう。この男はフローイ国内に残る兵士の少なさに気づいているのだろう。ただ、ロユラスはその点には触れず別の理由を挙げた。

「リーミル様は私を追うより、王都カイーキに戻る必要があるのでは?」

「お前に指図される気はいわ。私が歩む道は私が決めます」

「では、お好きになさいませ」

 ロユラスはリーミルを優しく地に下ろし、見えてきた館の門番の兵に手を振って、ここに王女様が居るぞと教えた。

「リーミル様。私を追うにせよ、グラト国と戦うお味方に増援を出すにせよ、まずは軍を編成する必要がありましょう。あの二人の兵士ではあまりに少なすぎます」

 ロユラスは駆けてくる二人兵士を眺めてそう言い、リーミルに背を向けて立ち去った。

 リーミルはふと気づいて頭部に手をやった。髪飾りで頭部にまとめていたはずの髪が、肩にかかって、風にそよいでいた。ロユラス相手に立ち回りを繰り広げた時に無くしてしまったか。

(気に入っていたのに)

 彼女はそう呟いたのが、失った髪飾りのことか、ロユラスの興味深い人柄のことか、どちらか区別はつかない。しかし、リーミルには彼を追う理由がなかった。王ボルススがスクナの板で知らせてきた状況に早急に対処せねばならない。

 第二部から読まれて、リーミルとロユラスの関係をもう少し詳しく知りたい方は、第一部42~43話をご覧下さい。

 次回更新は4月16日の予定です。ルージ国に居たはずのロユラスが、どうしてフローイ国に姿を見せていたのか明らかになります。

物語は来週までロユラス視点で続きます。ロユラスは彼自身が思いもかけない方向へ物語を導いてゆきます。

ちなみに、現在のアトラスはヴェスター国の都レニグに後送されて静養中。王リダルが兵士チッグスに託した剣と共に、物語はさらなる展開を・・・

単調な展開だったこの物語も、今後は大きく動き始めます。ご期待下さいね。

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