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聖都(シリャード)のエキュネウス

 ルージ国、ヴェスター国、グラト国の三国が、アトランティスを解放すると称して、聖都シリャードへ兵を向けた。聖域に兵を向けるという一見すれば矛盾する事態も、聖都シリャード中央に占領軍たるアテナイ軍が駐屯していると言うことを知れば納得がゆく。

 占領軍アテナイの若き武将エキュネウスもそこにいた。砦を一歩出れば、春から初夏にかけてアトランティスの王たちが集う議会があり、神帝スーインの館があった。その神帝スーインが、ルージ国の者に暗殺されて逝去したという布告が、六神司院ロゲル・スリンによってなされたのは二週間前のことである。今は聖都シリャードの民に神帝スーインの喪に服すようにとの布告が出ている。

 重大事件の直後にもかかわらず、人々の生活は平穏に見える。後難を恐れるように、表だって布告に異議を唱える者は居なかった。占領者たるアテナイ軍が危惧するのは、事件に関わりを噂されて、人々の憎しみがアテナイ軍に向くのではないかと言うことだが、もともと占領軍として憎まれていた以上の憎しみは、減りもしないが増す気配もない。

 興味深いのは、暗殺者として布告されたルージ国の者どもへの憎しみも感じられないのである。人々は六神司院ロゲル・スリンの布告を必ずしも信じては居ないと言うことである。


 イドポワの門と呼ばれる土地でルージ国の王リダルが戦死したという報告に続いて、ネルギエの地で起きた、シュレーブ・フローイ連合軍と、ルージ・ヴェスター連合軍の戦いの結果が伝わった。伝えたのはシュレーブ国やフローイ国の者どもで、互いに功を競って自国の戦功を吹聴しているが、フローイ軍が千名を超える死傷者を出したことやシュレーブ軍が全滅に近い被害を被った事には充分に触れられていない。

 アテナイ軍は彼らに内通する六神司院ロゲル・スリンを通じてその情報を得た。

【勝利が誇張されているのではないかな。激戦を戦ったにしては、シュレーブ軍やフローイ軍の損害が少ないようだが】  アテナイ軍司令官エウクロスの疑問に、六神司院ロゲル・スリンの使者は薄ら笑いを浮かべて答えた。

【そこはそれ。あの高慢な王子が討ち取られたとのこと。ルージ軍など総崩れになったということでありましょうよ】

【アトラス殿が?】

【左様】

【亡くなったという証拠でも?】

【フローイ兵の槍に胸を貫かれ、更にフローイ国王子グライス殿に左腕を奪われ、腕に付けていた腕輪は、証拠としてフローイ国が所持しております】

【なるほど】

 エウクロスは短くそう言って頷いた。シュレーブ・フローイ連合軍の一方的大勝利の不自然さも、ルージ国王子アトラスの戦死を聞けば納得して受け入れられるように思われたのである。

 二人の傍らで会話を聞いていたエキュネウスは呟いた。

【モイラの糸が断ち切られたか、それとも、ニケに見放されたか】

 アトラスの死が、人の運命や寿命を司る女神モイラの定めであったのか、勝利の女神ニケに見放されたか、そのどちらだろうと考えたのである。

 考えてみれば、互いの誤解だったが、エキュネウスはこの聖都シリャードでアトラスと剣を交わしたことがあった。彼はその折りに、アトラスに言ったことを覚えている。

【軍神アテーナーが我々二人を戦場で相まみえさせるように】

 アトラスの死は、軍神アテーナーはがエキュネウスの願いを聞き入れなかったと言うことである。彼は右腕に、アトラスと交わした剣の衝撃を思い出した。

【アテーナーよ、アレースよ。私は祈る神を誤ったのでしょうか】

 エキュネウスは戦を司る二神の名を挙げて心に問うた。アトラスがこの聖都シリャードに攻め寄せるというイメージがあって、無意識に防御的な戦を司るアテーナーに祈りを捧げたが、血まみれの戦場を背景にした軍神アレースに祈るべきであったかと言うのである。剣を交えた時、彼はアトラスに言葉を投げかけられた事には気づいていても、アトランティスの言葉を解しないまま、その意味に気づいていない。

「この次は、戦場にて」

 アトラスがエキュネウスに言い放ったその約束の言葉は、奇しくもエキュネウスがアトラスに投げかけた約束と同じ意味だった。ただ、アトラスの言葉は神を介在せず、彼の戦いの意志のみ感じさせる。

 エキュネウスはふと一人の女性の面影を思い浮かべた。亡くなったアトラスと夫婦になる予定だったエリュティアの姿である。彼女の姿が美しく儚い。ただ、その姿に哀れさのみではなく、エキュネウスの愛の切なさも感じさせた。

 今、その女性はこの聖都シリャードを貫いて流れるルードン河を遡ったシュレーブ国の都パトローサにいる。


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