決戦の場所は
時折、一般民衆の姿の者が砦を訪れている。商人や農民、吟遊詩人までその姿は雑多だが、その男たちの目つきや身のこなしは兵士のものである。彼らが報告する情報をとりまとめれば、彼らは集落の南東の荒れ地に陣を敷き、ルージ軍とヴェスター軍を待ち受けているという。その数、シュレーブ軍は五千、フローイ軍は二千五百だという。兵の数はルージ軍とヴェスター軍をはるかに上回る。
その方の兵の数を気にする様子もなく、戦うのが当然という表情で、しかしやや眉をひそめてバラスが言った。
「しかし、場所が悪い」
その言葉に多くの将士が同意して頷いた。アゴースが記憶を頼りに言った。
「ネルギエの地の西に川がございます。船がなければ渡れぬ川です」
アトランティス議会に出向く王リダルに随行してその地を通ったことがある。ヴェスター軍の将ロイテルが頷いた。
「ネルゴーラ川か」
「左様。あの地ではいかが」
「良かろう。皆はどうじゃ」
アゴースの提案に同意して頷いて問う王レイトスに、反論するヴェスター軍の将士はなく、サレノスが頷いているのを見れば、アトラスも同意せざるを得ない。しかし、近習の一人スタラススが首を傾げてそっと尋ねた。
「我らが王子よ。ネルギエの地とは、視界が広く開けた、陣立てによい土地と聞きます。そこがどうして場所が悪く、川があるネルギエの端に陣を敷くというのでしょう」
スタラススの自然に疑問に他の近習どもも首をひねったが答えは見いだせないようで、問われてアトラス自身、答えに窮して口ごもった。軍議が続き、サレノスが口を開いた。
「では、奴らめの陣へとまっすぐ進み、五ゲリア(約4km)ばかりの距離で右に転じて、川辺を右翼に、陣を敷くということで」
「では、私が行軍の殿を努めさせていただろう」
アゴースの言葉にヴェスターの将メノトルが感謝の言葉を漏らした。
「それはありがたい。アゴース殿なら申し分ございません」
軍議に加わる将軍たちは過去の海外遠征で幾多の戦を経験した者たちである。そんな熟練した武人たちが常識であるかのように語りすすめる軍議にアトラスは戸惑いついぽつりと呟いた。
「五ゲリア?」
傍らでその呟きを聞いたバラスが、距離を時間に置き換えて説明した。
「我らが前進すれば、奴らはまずは今の陣に籠もって守りを固めましょう。我らが方向を川へ転じたのを知って追撃しても、既に我が軍の前衛が川辺で陣を敷き戦支度を整えているでしょう。慣れた指揮官なら、行軍する我らを追撃せず、戦を求めて我らを追い、奴らも川辺に陣を敷くことになりましょう」
「そういうものか。では、川辺というのは?」
「それは、我らが王子ご自身が、その目でご覧になればよろしかろう」
バラスの言葉は、説明してやらぬという悪意はなく、アトラスなら一目見ればその意味を理解するだろうという信頼感が籠もっていた。ただその傍らにいる息子のラヌガンはアトラスと視線を合わすことなく黙っていた。バラスはアトラスと日常と変わらない会話をしていたために気づかなかったが、時折、腕や股に痛みを感じる表情をする。砦を奪うという手柄を立てたが、初戦での傷はまだ癒えていないのである。息子のラヌガンはそんなアトラスの無神経さを非難しているように思えた。それとも、敬愛する父を臆病者呼ばわりされた怒りを未だに解いていないのだろうか。その両方だろうとアトラスは思った。




