父リダルの遺骨
「使いだと?」
「それが、フローイ軍よりの使者でございます」
「フローイ軍だと? 行こう」
アトラスは寝台から重い腰を上げた。砦の中央に軍議のための大きな幕舎が設営されている。使者はそこに迎えるのである。ルージ軍とヴェスター軍の混成軍だが、ルージ国の王リダルは戦死し、ヴェスターのレイトス王が不在のため、形式上はアトラスが最高位の指揮官として使者を遇する。
軍議のための幕舎でアトラスは上座に着き、テウススら近習の者が護衛を努めるようにアトラスの傍らに控えていた。サレノスらルージ国の将軍たちと、ロイテルらヴェスター国の将軍たちはアトラスの両脇から幕舎入り口へと列を作っている。
使者はそのルージとヴェスターの列の間を通って案内されてきた。その背後には紫の糸で刺繍が施された白い布がかけられた荷をうやうやしく担ぐ四人の兵士がつづいている。その形状と使者を悼む様式の布から、その荷が棺桶だろうと推察がつく。
使者は仰々しくお辞儀をして口を開いた。
「我が王ボルススより一隊を預かるレアフッダスと申します。お見知りおきを」
サレノスとバラスはこの男を知っていた。過去の海外遠征で、この男が指揮するフローイ軍とともに蛮族と戦った経験があり、信頼できる男だと考えている。しかし、今は敵味方で、気安く昔話ができる関係ではない。
アトラスは名乗りも返さず、使者の用件を聞いた
「フローイ軍と言えば、我らが王リダルを討った者。その仇が何をのこのこと現れたのだ」
「戦いの相手を決める者は運命の神の天秤。勝敗は戦いの神の槍の穂先と申します。今回はリダル様と剣を交わすことになりましたが、我らは神のご意志に従うまで」
「くどい、用件を先に申せ」
「この世に並ぶべきもない勇者。リダル様のご遺骨を、ご子息の手にお返しに参りました」
「我らが王の遺骨だと」
アトラスが発した疑問の声に応じるように、レアフッダスは背後の兵を振り返って頷いてみせると、その意を察した兵の一人が棺桶にかけられた布をとって地面に敷き、棺桶を担いでいた兵士はうやうやしく布の上に棺桶を置いた。棺桶の蓋が外され、幕舎の中に香油の香りが漂った。棺桶の中を一目見たサレノスがその傍らに片膝を付き臣下の礼を取った。棺桶の中には柔らかな毛布が幾重にも敷かれ、その上に生前の姿が思い起こされるように頭骨から首、肋骨、腰骨、足の骨が、新鮮な花と共に並べられていた。
サレノスはその指の骨についた指輪から、遺骨が紛れもなく王リダルだと判断したのである。サレノスに続いて、並み居る将軍たちも片膝をついて頭を垂れた。棺桶に駆け寄って眺めたアトラスのみ、変わり果てた王の姿が信じられず、憎しみを込めて叫んだ。
「何故にフローイ国は、我らを襲ったのかっ」
「もともと、貴軍との戦闘はシュレーブ軍の役目。我らフローイ軍は、貴軍がイドポワ街道を通過するのを監視することのみが役割で、兵は林に身をひそめておりました。しかし、シュレーブ軍との戦闘が始まった直後、戦闘に長けたリダル様は我が軍をいち早く発見されて、リダル様は勇敢にも優勢な我が軍に戦いを挑んでこられました。我らはこれに応じざるを得ませなんだ」
「こちらから、貴国に戦を仕掛けたというのか」
アトラスの問いにレアフッタスは視点を変えて話題を微妙にずらした。
「まったく、勇壮な突撃でありました……。私も緊張に拳を握りしめるほど。リダル様と僅か百名の兵は、我らの前衛を幾重にも蹴散らし、我らが王ボルススの本陣に迫る勢いでございました」
「そして、果てたか」
「あの勇壮なさま。我らは感服つかまつました。そして、リダル様と付き従った将士の屍を丁重に葬りました」
そのレアフッタスの言葉に、アトラスは皮肉で応じた。先に王リダルの死の知らせをもたらしたデルタスに聞いた内容である。
「遺体を辱めようとしたという話も聞いたが?」
レアフッタスはその事実を認めた。ただし、憎しみを駆り立て、それをシュレーブに向ける誇張がされていた。
「左様です。シュレーブ王ジソー様が、ご遺体を辱めようとなさいました。遺体を聖都に運んで、民衆の前で切り刻んで犬の餌にし、首は門に掲げて晒しものにすると」
「我が王を晒し者にだと!」
「しかし、我らが王ボルススがそれを堅くお留めなされました。我らの手で丁重に荼毘に付し、勇者の遺骨をお届けに上がった次第です」
「言えっ。何がフローイ国の望みだ」
「いいえ、何も。我らの古より伝わる礼儀に従い、勇者に敬意を表したまで」
この時、アトラスとレアフッタスの会話を黙って聞いていたサレノスが、疑問を口にした。
「レアフッタス殿、剣はいかがされた? 我らが王の剣は」
遺骨は指輪によって王だと確認できるが、サレノスの想像では、戦場で剣が王の遺体の側にあったはずだった。時に王位継承権の意味を持つ重要な品である。レアフッタスは首を傾げた。
「分かりませぬ。激しい乱戦でありました。その中で失われたのではないかと。我らが王ボルススも探索させましたが、見つかりませなんだ。それは真理の神に誓って申します」
真理の神に誓ってというのはアトランティス人がよく使う定型句だが、信心深いアトランティスの人々にとって、この言葉を使う時にその内容に嘘はない。なにより、サレノスはこの使者の誠実さを知っていた。
この時、アトラスに何かの動きを察したサレノスは、進み出てレアフッタスに接近するアトラスを制しようとした。アトラスが怒りに任せて聖都からの使者を切り捨てた事がある。今また、この若者が使者レアフッタスを斬り捨てるのではと危惧したのである。しかし、違った。
「丁重な扱い、感謝する」
アトラスはゆっくと丁寧に言葉を選びながらそう言い、軽く頭を下げて感謝の意を表した。サレノスはふと気づいた。アトラスの感謝の言葉に、国を背負う者の責任感を感じ取ることはできても、肉親を失った悲しみが感じ取ることができなかっのである。
(この若者は純粋だが、王子という立場を演じているのではないだろうか)
サレノスの心に一抹の寂しさと同情がわいた。そんなサレノスの心情も知らず、アトラスは一国を率いる者として決意葉を継いだ。
「しかし、我らは、我が王の意志に従う。聖都に巣くう蛮族に、裏切り者の六神司院が荷担するなら、それも合わせて除く。そして、そなたたちがその前に立ちはだかるなら、ただ運命の神の槍の穂先に掛けてゆくのみ」
「承知。この後、正邪の判断は審判の神にまかせ、我らはネルギエの地にて、正々堂々、相まみえましょう」
レアフッタスはそう言って一礼し、踵を返して兵士と共に姿を消した。




