近習たちの見たもの
一方、ルージ軍・ヴェスター軍の宿営地に最初の伝令が舞い戻ったのは、夜半をかなり過ぎてからである。
「お味方の大勝利。お味方の大勝利」
伝令はそう呼ばわりつつ駆けてきて、宿営地の中央で叫ぶように繰り返した。
「我らが王子アトラス様のご勝利。中央の砦は陥落した」
宿営地で眠っていた兵士たちも起き出して、その勝利の報に湧いた。間もなく、二人目の伝令が新たな情報をもたらした。
「お味方の大勝利。お味方の大勝利!」
伝令はそう呼ばわりつつ駆けてきて、一人目の伝令と同じく、宿営の中央で繰り返し叫んだ。
「ヴェスター軍ロイテル様のご勝利。二つ目の砦が陥落したぞ」
二つ目の勝利の報に、一つ目の勝利が間違いなく本物だったと感じ取った兵たちは、わき上がった。今まで沈滞していた宿営地だとは信じられぬほどだった。かがり火には新たな薪が加えられて燃えさかり、昼間のように宿営地を照らし出して、そのまぶしさに目を細めねばならない。勝利を祝う兵たちが盾と剣を打ち鳴らす音が宿営地に満ちて、鼓膜が痛いほどだった。
そんな中、三人目の伝令が合われた。
「お味方の大勝利。お味方の大勝利!」
三人目の伝令は、中央の砦の戦いの具体的な戦果の情報をもたらした。
「中央の砦。討ち取った敵将エムススを筆頭に、倒した敵の数五百」
シュレーブの将エムススを討ち取ったのは事実だが、倒した敵兵の数が意図的に水増しされていた。ただ、多数の敵兵を討ち取ったという情報は味方の士気の回復に目を見張るほどの効果があった。オウガヌが素直な疑問を口にした。
「アゴース殿。中央の砦の敵兵は二百ばかりでは? 敵が五百とは多すぎませぬか」
「気にするな。景気が良いに越したことはない」
アゴースは戦果を水増ししていることを気にもとめずにそう言った。幼い割に勘の良いスタラススが周囲を見回して気がついた。
「アゴース殿が興味深いものを見せてやると言ったのは、このことで?」
アゴースは答えることなく、ただ会心の笑みを浮かべただけである。オウガヌとテウススも周囲を見回て、宿営地の雰囲気が一変したのに気づいた。兵の士気が落ち覇気が感じられなかった宿営地に、不安が薄れた兵の笑顔があった。これからの戦に、己の命をかける価値を見いだしたというところかも知れない。
勝利の報に酔う宿営地に、四人目の伝令が到着して触れ回った。
「お味方の勝利。お味方の勝利。バラス殿が三つ目の砦を落とした。敵の砦は全て落としたぞ。敵の砦は、す・べ・て落としたぁ」
宿営地の兵士たちは、今夜出陣した兵士たちが数百名に過ぎないことを知っている。その数百の兵がほんの一晩で砦を三つも落とす手柄を得たのなら……。兵士たちは次の戦いで自分が立てる手柄を思い浮かべ、その夢に酔った。
アゴースは、兵士たちを眺める近習たちに言った。
「他人事ではないわい。あの兵士どもに、お前たちの姿を重ねて見よ」
アゴースの言葉に、近習たちは顔を見合わせた。不安を口にこそ出さなかったが、ここ数日の仲間内の会話で、勇ましい言葉を吐いていた裏には、混乱と不安と僅かな怯えがあった。今、兵の士気の高まりに煽られるように、三人の近習たちの心にも希望や期待がよみがえっていた。
アゴースが宿営地の中央に進み出て、抜き身の白刃を天に向けて声を張り上げた。
「聞けいっ。ルージとヴェスターの勇者どもよ」
わき上がっていた宿営地の兵士たちが、その呼びかけに気づいて、剣と盾を打ち鳴らすのを止めたのを見計らって、アゴースは言葉を継いだ。
「我らが王リダル、および付き従って亡くなった勇者たち……。我らを導いた勇者アガルススと、それに付き従い果てた勇敢な戦士たち……。戦いの神は、我らに勇者どもの仇を討つ役割を与えてくださった。次に戦い勝利するのは我々ぞ」
アゴースの叫びに呼応する兵士の数が知れず、共通の呼応にルージ国とヴェスター国の境は感じさせなかった。卑怯な手段で殺害された者たちの仇を討つという明確な目的が与えられ、その戦には、復讐の神と審判の神そして、今夜の勝利を導いた戦いの女神のご加護もあるに違いないというのである。




