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レネン国にて1

 いよいよ、ルージ国とヴェスター国は、隣国レネンとの国境へと軍を進めた。物資の輸送部隊やそれを護衛する補助的な兵力も含めれば総勢五千五百を超える。先陣を切るのはヴェスター王レイトスが率いる部隊である。隣国レネンと交渉ごとが起きた時、王が先陣にいるのが都合が良いという理由である。レネン国王子デルタスもその一行の中にいた。その他国の王との交渉という点で、ルージ軍のサレノスはもちろん、アトラスも役不足だった。国境の手前で一夜を過ごした両軍は、早朝に国境を越えた。

 本来、国境を守備すべきレネン国の部隊はおらず、デルタスが語ったとおり、レネン国はヴェスターとルージ国の部隊の通過を見守る腹づもりだと知れた。進軍の途中、村を二つ通過したが人の姿はなく、アトラスには、村人が他国の軍とのトラブルを避けてどこかに避難しているように思えた。

 街道はセキュタルの町で南へ折れて、目的地のネルギエへとまっすぐに南下する。セキュタルを通りすぎればネルギエまで三日の行程である。この日、両軍は村や町を避け、セキュタルの町の手前の草原で簡単な柵を張り巡らした一夜陣を張った。ただの一夜の宿営地ではない。姿を見せず、通過させる腹づもりに見えるとはいえ、レネン国の軍の奇襲に対する備えと言えた。両軍を通過させるという王子デルタスの言葉があったとはいえ、レネン国でのデルタスの地位は危うい。デルタスに反感を抱く者がレネン国王の意志を翻して、レネン軍に戦を命じないとは限らないのである。


 戦場が近づくにつれて緊張感が高まる。さらに、初戦の敗戦と王を失った最初の衝撃は兵士たちの心に染み入り、その心を侵して覇気が失せていた。その中で唯一明るくはしゃぐ天幕がある。

「ええい、わくわくする。私の手柄も間近」

「いいや、オウガヌ。一番手柄は私のものだ」

「テウススもオウガヌも、我らが王子に一番手柄を譲ろうとは考えぬのか? 厚かましい奴らじゃ」

「スタラススよ。そう言うお前は、我らが王子の側に侍り、その手柄を横取りするのではあるまいな」

 アトラスの天幕には、以前のように近習たちが集い、はしゃいでいた。ただ、はしゃぎ方に、若者らしいぎごちなさがあって、勇ましい言葉で生死をかけた戦の前に心を奮い立たせようとする意識が滲んで見えた。朗らかに談笑する近習の中心で、アトラスのみ何か思いにふけるように黙っていた。そんなアトラスにテウススが声をかけた。

「我らが王子よ、戦を前に思い悩むのは、勝利を逃すこと」

 突然に話しかけられたアトラスは、返事ではなく心に思う人物の名を口にした。

「ラヌガンはどうして姿を見せぬ」

 元アトラスの近習で、今は父と共に軍を率いている。その父親の陣はこの天幕から僅か五百歩ほどの距離である。顔を出そうと思えば直ぐに出せるはずだが、陣に閉じこもったように姿を見せないのである。

「ラヌガンはまだ私を恨んでいるのだろうか」

「いえ、戸惑い、心の整理がつかぬのでしょう」

 テウススがそう言った時、天幕の入り口に人の気配がし、アトラスたちは一斉に注視した。しかし、姿を見せたのは期待した人物ではなかった。アトラスはその人物に声をかけた。

「デルタス殿……」


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