チッグスとリグロス 行方不明の剣
物語の流れの上で、ここでヂッグスとリグロスの動向に触れねばならない。戦死前のリダル王から剣を託された二人の兵士である。彼らはイドポワ街道の東の崖の上にいた。険しい斜面は人が上り下りすることを許さない。ましてや、ヂッグスは腕を上げ下げすることすらままならず、リグロスは右の股を縛る包帯から血を流して足を引きずりながら歩いていた。気まぐれのように降った雨で喉の渇きは薄れたが、全身を濡らした雨は衣服にしみ込み、山の寒さを肌に伝えた。
ヂッグスがため息をついた。目の前に険しい尾根が立ちふさがって、街道が見えるルートを離れて木々の奥深くに侵入せねばならない。彼らは北を目指せば都レニグがあることを知っていた。ただ、深い森に踏み込めば、時間や方位の目印になる太陽は見えず、複雑な尾根に地形がかき乱されて進むべき方向を見失う。
リグロスが足の痛みに耐えかねて大木の一本に背を持たれかけて座り込んだ。戦い前の緊張で食事が喉を通らず、その後、思いもかけずに戦いに突入した。この二日間、二人はほとんど食事を口にしていない。戦いの場から離れて緊張感が解けてみると、胃袋に鈍い痛みさえ感じるほどの空腹感を味わっていた。気力を尽くしたリグロスが、先を行くヂッグスに擦れた声をかけた。
「ヂッグスよ。もう、俺を……」
ここに置いてお前一人で王の命令を果たせと言い尽くさぬ前に、ヂッグスが彼を振り返った。足こそ達者だが腕が不自由で、リグロスが支えてやらねば、彼もこの険しい地形を踏破することはおぼつかぬだろう。リグロスはそう察した。ヂッグスが荒い息を整えながら擦れた言葉を吐き出した。
「どうした? リグロス」
「いいや、少し疲れただけだ」
リグロスは再び立ち上がって歩き始めた。
「おいっ、これは」
ヂッグスがやや自由が利く方の手で地面を指さした。焚き火の跡である。
「おおっ、運命の神のお導きか。ありがたい」
リグロスが運命の神の名を挙げて、彼らの救いの象徴となる焚き火の跡を眺めた。小さな焚き火の跡だが灰が厚く、ここに数日逗留した者が居るということだった。猟師ならこの地に逗留することはあるまい。そして太い木の枝が芯まできれいに燃えて灰になっていた。普段から木を扱い慣れた者たちの焚き火である。おそらく、この地で神殿か何かを建設するために切り出す巨木を探し求めたのだろう。
おそらく、近くに伐採の跡があり、切り出した大木を運び出すために切り開かれたルートがあるはずだった。そして、そのルートは麓の村に続いているはずだ。果たして、二人はその斜面を見つけた。木々が伐採されて視界が広がっていた。兵として国を出る前は、彼らは貧しい木こりだった。その出自がこの二人を救った。
二人がたどり着いた麓の村では、手厚くもてなされ、傷の手当ても受けた。ただ、得体の知れない二人に、好奇の目ばかりではなく、不審者を眺める疑惑も混じっている。ルージ国の兵士だと言うが、二人は重い甲冑は脱ぎ捨ててしまっていて、ルージ軍兵士だと言う身分を示すものがなかった。そして、二人が持っていた一振りの剣は一兵士が持つには贅沢すぎる品である。村人から連絡を受けた役人が、近くの町から二人の身柄を確保するために訪れたが、その役人ですら、剣の持つ意味の重要さに、二人の処遇を決めかねた。都レニグに出した使いから、二人を都に送り届けよと言う命令が届いたのは数日を経てからである。
剣をアワガン村のロユラスという者にと託されたが、今の二人には海を越えて帰国する手段はなく、ヴェスターの者たちに身を任せるしかなかった。




