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レニグにて、王子デルタス

 デルタスの意外な言葉は、驚きでサレノスに返事の言葉を失わせたが、様々な思いに乱れるアトラスの心には、デルタスが発した死という言葉が突き刺さるように伝わった。アトラスは乱れるの心の隙間を、その死という言葉のみでを埋め尽くして安定させて尋ねた。

「王位継承権をもつデルタス殿が、何ゆえレネン国から命を狙われるのです?」

「私は幼少の頃に、留学という名目でシュレーブ国に人質に出され、シュレーブ国の都パトローサで育ちました。それ故、私自身は母国のことはよく知らず、父は病弱で、他には私を支える有力者もおりませぬ。生みの母エルマニも亡くなり、今は国内で有力貴族チャラバ家頭首レドトス殿が、妹御ユマニを私の父王の後添えに差し出し、私の弟が生まれています。レドトス殿は血のつながりのある甥を王位につけたいはず。国のことも良く分からぬ私のような王位継承者など目障りでかなわないでしょう。事実、母エルマニが亡くなった時、私はその葬儀の為に帰国することも許されませんでした。レドトス殿が裏で手を回したと、ジソー様より伺いました」

「それとて、デルタス殿を殺害する正当な名目にはなりえぬでしょう」

「今回は、私自身がフローイ国やシュレーブ国の意向を父王に伝え、レネン国王の代理として、レネン国の意思を代表する者としてこちらに伺いました。遠く異国の地に居た私が突然に帰国し、王の代理として振る舞っているのはレドトス殿も面白いはずはございますまい。ましてや、父王が病に伏し明日とも知れぬ症状となれば、間違いなく後継者問題が出て参ります。そのときに、何の保護者も居ない私と、国随一の有力貴族の後ろ盾がある弟を並び立てることなどできますまい」

「だから、その一方を除こうとすると?」

「既に私がシュレーブ国の息がかかっているという噂が流されておりますよ。噂には尾ひれがつき、間もなく、私を暗殺する理由も生まれましょう」

「では、第一王子の身分のまま、育ったシュレーブ国に戻られてはいかが? 時を見てシュレーブ国の後ろ盾を得て、王として国に戻られては」

「シュレーブ国王ジソーは偏狭なお方。私が力を持たないからこそ、私を今まで手厚く遇してくださいました。これからは違います。ジソー王の手元を離れた私は、レネン国の人間として見られましょう。ましてや他国の人間で、今は敵対関係にあるヴェスター国やルージ国の人々と接触しているとなれば、王ジソーは私に疑念を抱かれるでしょう」

「そういうものなのですか」

「寂しい方なのですよ。以前、ちらりと呟かれたことがあります。もともと自分は王位を継ぐ人間ではなかった。しかし、兄が神帝スーインとなったために、突然にシュレーブ国の王位が転がり込んだ。そんな自分に信服する家臣は少ないと……。それだけに人を信用なさいません」

 そんな話にアトラスはじっと聞き入っていた。

(こういう人物なのか)

 デルタスはアトラスという青年にそんな印象を抱いた。アトラスが必死で自分の言葉に耳を傾け、次に吐くべき自分の言葉で心を満たしている様子がかいま見える。突然に、父親の死と敗戦の報に接しながら、その悲しさや敵への憎しみなどの個人的な感情を押さえ込む様子など、それをアトラスの精神の強靱さと見たのである。デルタスも洞察力のある人物だが、その点についてはアトラスを見誤っていた。

 アトラス本人の立場で彼の心を読み解けば、討ち死にしたリダルは、偉大で敬愛すべき指導者であっても、父親としての情愛を感じることが薄かった。家族という観点で見れば、リダルはアトラスが母のために歓心をかうべき人物だったが、父親というよりルージ国の力強き指導者という、家族を離れた別格の存在だった。

 この時までのアトラスには、愛情に不器用なリダルという人物が、息子に向けていた愛情を感じずに居たのである。心密かに自分の未熟さを自覚するアトラスは、偉大な指導者を失った後、父親の死のイメージは封印したまま、悲しみより混乱と不安に苛まされていた。かれはそんな心も見せず、目の前のデルタスの境遇を表した。

「やっかいなことだ。母国にも、育った土地にも居場所がないとは」

「アトラス殿に仕えたいという事情、察していただけましたか」

 そんなデルタスの言葉に頷くアトラスに、サレノスが割って入った。

「我らも王を失って混乱しております。お返事は日を改めて」

 デルタスの申し入れを受け入れるには、アトラスの帰国のことも話さねばならないだろう。ただし、それを今、明かすのは避けたい。デルタスの申し入れを即座に受けるという返事はしにくいのである。デルタスにも、アトラスが正常な判断を下すために心を整理するには数日はかかるだろうと見ていた。


 ともあれ、明日、アトラスは帰国の準備をし、三日にはルージへの帰途に着く。先に出発した使者が今回の状況を伝えつつ、アトラスの王位継承の準備を整えるように本国に伝える予定である。帰国直後に王位継承の議を執り行い直ちにヴェスターに戻るのは一ヶ月先になるだろう。

 その事情は知らぬまま、デルタスは言った。

「明日はこのヴェスターの都レニグの美しさを堪能させていただきましょう。帰国は三日後に致します」

 デルタスが語るのは、三日間考えて帰国までに返事をくれというのである。デルタスは現れたときと同様に、静かな夜の闇に溶けるように姿を消した。


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