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レニグにて:帰国決定

 デルタスが姿を消すのを待っていたように、王レイトスは父の訃報と事態の急激な変化に戸惑い放心状態のアトラスを叱咤した。

「アトラス。リダルの血を引く者よ。戦士の生死は、運命のニクススと、戦の女神パトロエと共にあり。それは、そなたもよくわかっていよう」

 我に返ったアトラスは父の兜を掲げて誓うように叫んだ。

「もちろんのこと。しかし、審判のテツリスは我らと共にあり。次の戦では私が審判のテツリスの槍を彼らに投じましょう」

 アトランティスの神話に審判のジメスがいる。審判のテツリスは審判のジメスの息子で、正邪の判断をし、その槍によって裁きを下すという法の執行官のような役割を担う神である。アトラスは自分の手で邪を暴き、そして裁きを下すというのである。

 しかし、ここで王レイトスは、デルタスもアトラスも予想しなかったことを言った。

「アトラスよ。そなたは一度、ルージ国へ帰るがよい」

「何を言われるのです。このアトラスをそんな臆病者とお考えか?」

 激高するアトラスを諭すように、王レイトスが努めて冷静に語った。

「ルージに戻り、王位を継ぎ、再び兵を連れて戻るが良い。その間のこと、儂が何とか差配しよう」

 レイトスの言葉に、アトラスの傍らにいたサレノスは戸惑いつつも同意して頷いた。ルージ軍、そしてルージ国という国家の組織のことである。王から領地を与えられたという名目のもと、それぞれの土地に根ざした領主が民を徴用してルージ国王の元に参じて、共に戦う。王リダルを失ったルージ軍は、彼らをまとめる旗頭を失ったのである。アトラスは王位継承者の身分だが、歴戦の領主を束ねるには、年齢に伴う経験不足以外にも、ルージ国王という肩書きが欠けているのである。

 そして、王レイトスが危惧するのは、ルージ国が主を失って混乱している隙に乗じて、フェリムネと称する蛮族の女の息子ロユラスを王に擁立する動きが出るのではないかということである。まず、アトラスが国に戻って王位継承の儀式を執り行い、ルージ国の正当な王だと内外に知らしめねばならない。

 密かにロユラスを支持しているサレノスは、別の立場で、レイトスと同じ事を考えていた。この混乱は、ロユラス支持派に絶好の機会に見えるが時期は早い。この時期にロユラスを擁立すれば、アトラス支持派と争って共倒れになるに違いない。そればかりではなくその混乱に乗じた他国の介入も招くだろう。

 子どもの頃から母の嘆きを聞かされ続けてきたアトラスも二人の心中を察する経験を持っていた。そして、王が不在のルージ軍で兵が動揺している様子も肌で感じている。戦を経験したことのないアトラスは、そんな兵士をまとめ上げ、戦場に導いて勝利する自信がなかった。しかも、近習さえ彼を見放している現状である。アトラスにはアトランティスどころか、ルージ一国を背負う気概も失せていた。運命に流されて生きてきた青年アトラスは、先導者としての父を失い、いまだ自分で歩き出すことができない。そんなアトラスを象徴するようにサレノスと王レイトスの会話が始まった。

「しかし、気がかりは南のグラト国のこと。我らと時を同じゅうして兵を挙げたはず。シューレーブ国の攻撃を受けているのではありませぬか」

「おそらくは」

「何か手だてを講じねばなりませぬ」

「おそらく、今、グラトに侵攻しているシュレーブ軍はせいぜい三千と見た」

「確かに。それならば、勇猛なトニロス王が戦って撃退するでしょう。ただ、イドポワの門で我らと戦ったシュレーブ国とフローイ国の軍が、グラト方面に増援に向かうとやっかいですな」

「我がヴェスターはデルタスの策に乗り、ネルギエの手前まで侵出する。ただし、戦わず事態を静観する。それなら奴らも動けまい。リダル王の遺体を取り戻す交渉もせねばならぬしな」

「では我らルージ軍の兵はこの地に留め置き、我らが王子アトラスと少数の側近をルージに帰り、ルージ国王即位の議を行った後、こちらに戻っていただいて再び軍を率いていただいて奴らと一戦に及ぶということで」

「では、我らヴェスター国はネルギエの手前で三十日ばかり時を稼げば良いと言うことだな」

 アトラスがルージ国王として戻ってくる時間をそう推測したのである。

「その程度の時になりましょう」

 サレノスは王レイトス頷いて、アトラスに視線をやって尋ねた。

「我が王子よ、いかがか?」

 そう問われたアトラスは黙って頷くしかない。兵士たちもレニグ郊外に駐屯する兵士たちも、敬愛する王が戦死したという情報を漏れ聞けば混乱するだろう。アトラスにはそれをまとめる自信なかった。いまは、この広間で並み居る重臣や、兵を率いるルージ国の領主たちの前で、アトラスは王レイトスとサレノスが指し示す方向を向くしかないのである。

 ただ、この明くる日、本人も考えもしなかった出来事で、アトラスは自身の手で運命を定めることになることに誰も気づく者は居なかった。


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