レニグにて:デルタスの来訪
バラスが第一陣の情報を最初にもたらしてから五日後、表面上の平静さの裏で混乱は収まりきらない。アトラスは孤独感の中、改めて父親の存在の大きさに怯えるようだった。サレノスがアトラスの意向を伺うという形を取って、兵を率いる領主たちに様々な指示を出していたが、それとて、アトラスはサレノスの提言に頷いて許可を与えるのみで、領主たちを統率しているという意識はなかった。突然に王が不在になり、役割を引き継がねばならなくなった時、彼にとってサレノスは心から頼れる相手ではなく、心を許せる近習たちとも距離を置いてしまったのである。
そんなアトラスは王宮に一間を与えられて過ごしていた。美しく手入れされた庭園が見渡せ、様々な花の香りが漂ってくる。時に部屋に美しい蝶が迷い込むほどだが、アトラスの心を癒すことはできなかった。アトラスが独りぼっちの部屋に王レイトスの下僕が、王の言葉を伝えに姿を見せた。隣国からアトラスに使者が来るという。アトラスは下僕の案内に従い王の間に移動した。ただ、首を傾げているのは、隣国レネンとの関係を思い浮かべる事ができないからである。
導かれた王の間には、既にヴェスター国の重臣が顔を揃え、郊外のルージ軍の陣からはサレノスが姿を見せ、サレノスの傍らにオウガヌ、テウスス、スタラススの姿も見える。本来はアトラスと共にいる三人だが今はアトラスと距離感を感じさせる。アトラスもそんな三人と会話を交わすこともなくサレノスの傍らに立ち止まった。
アトランティスでは、貴人の訪問に先立ってその来訪を告げる先触れの使者を出すのが礼儀とされている。上座に王レイトスがおり、その前にいる男がその先触れの使者だろう。アトラスの入室を待っていたかのように、広間の入り口の兵が叫んだ。
「レネン国王子デルタス様のお着きでございます」
その声に合わせて、一人の青年が、まるで進物の品でも持参したように従者に荷を担がせて現れた。両国の仲を取り持つ献上の品でも持参したのかという姿である。見かけの歳より落ち着きを感じさせる男である。隣国の王子と言うが、アトラスやサレノスは初対面だったし、王レイトスにしても隣国にこのような王子が居たというのは記憶の隅を探ってようやく思い出したほどである。
「何用かな」
レイトスの問いかけにデルタスは口を開いた。
「複雑な話しです。順番に聞いていただかねばなりませぬ」
「聞こう」
「私は幼き頃よりシュレーブの王ジソーの元で育ちました。手短に申します。今回の戦では王ジソーと共にイドポワの門に同行し、フローイ軍と合流したあと、ルージ軍との戦いを眺めました」
「フローイ軍まで?」
「その通りです」
「何故、シュレーブとフローイが我らを襲う」
「神帝を暗殺した反逆者たちを討てとのこと」
「神帝を暗殺だと?」
もちろん、アトラスや王レイトスを始めこの王の間にいる人々にそんな心当たりは無かった。アトラスが話に割って入って反駁の声を上げようとしたのを、傍らのサレノスが手を挙げて静止した。話の続きを聞かねばならない。王子レイトスは話を続けた。
「シュレーブ軍はイドポワの門の外で、ルージ軍を待ち受け。フローイ軍はその退路を断つために門の内側に布陣していました」
デルタスの言葉にサレノスは僅かに頷いた。イドポワの門を何度か通ったことがあるが確かにデルタスの言う布陣に該当する地形だった。
「我らが王リダルはどうしたのだ?」
そのアトラスの叫びは、この場にいるヴェスター、ルージ国の者どもが尤も知りたいことである。
「戦死なされました」
「戦死だと、我らが王が」
「信じられぬ」
「信じられるのも道理。しかし、ご遺体は私自身が確認し、その証拠としてリダル様の鎧を持参いたしました」
デルタスが振り返って従者に目配せをし運んできた荷の蓋を開けさせた。見覚えのある鎧が見えた。アトラスやサレノスが駆け寄り、王レイトスも続いた。間近で検分すれば、鎧の胸板に刻まれた紋はルージ国王家の紋章に間違いなく、兜はリダルが好んだ海鳥の羽根飾りがついていた。王リダルが着用していた鎧に間違いはなかった。
会話の主役は王レイトスからアトラスに移ったが、レイトスはそれを静止せず黙ってやりとりを聞いていた。二人の王子の会話が続いた。興奮したアトラスが叫んだ。
「デルタスよ。どうしてそなたがこのような物を持参した?」
アトラスの質問に、デルタスは趣旨をややそらして答えた。
「シュレーブ国のジソー王は、リダル王の亡骸を聖都の門に晒し、反逆者の末路を喧伝すると」
「デルタス! そなたは我らルージを侮辱するために来たのか」
「いいえ」
デルタスはきっぱりとそう言い、アトラスが落ち着くのを待って言葉を継いだ。
「あなた方のために来たのです」
「我らのため?」




