ルージにて4
王都バースの中央にある王家の者たちの住まいは、城と言うより館と言うに相応しい。20年前に対岸のヴェスター国からルージ国のリダルに嫁いできたリネが、この都には城もないのかと驚いたというエピソードがある。しかし、そのリネも今はこの国の王妃としてこの館に落ち着いていた。
ルージを訪れる賓客が、この王の館を密かに「女の館」と称することがある。リダル王は厳格だが、衣食住の生活についてはさほど興味がない質で、この館の生活習慣はリネの婚礼にヴェスター国からやって来た侍女団が取り仕切っており、最近はその女たちが政治にまで口を差し挟むと言うことである。
都に戻ってきたアトラス一行を、館の門で出迎えたのは、そんな女たちだった。
「母上、ただいま戻りました」
「おおっ。私の息子、アトラスよ。少し見ない間に一段と逞しゅうなった」
「母上こそ、ご健勝そうで何よりです」
「さあ、中でシリャードでの土産話でも聞かせておくれ」
アトラスは息子の自分の腕を取って放そうとしない母親を不憫に思った。この女性にとって、息子である自分だけが心の支えなのである。
リネが大陸の東北に位置するヴェスター国から海を隔てたこの島国に嫁いできたのは僅か十四の少女の時だったという。二十人の従者とともに来たとはいえ、どれほど心細かっただろう。心の支えとなるべき夫リダル王子は、結婚して一年もたたないうちに、父親とともに海外に遠征した。残されたリネは生死も分からない不安を抱えたまま、夫を待ち続けた。しかし、二年後に帰ってきた夫は異境の女を連れて戻り、その女は夫の子供を身ごもっていた。
遠征で王が亡くなり、息子のリダルが王位に就き、リネも王妃の身分になった。異境の女が出産したのはその頃のことである。
(夫の愛が異境の女に奪われた)
リネはそう信じた。その後、彼女自身も身ごもり、アトラスを出産した。先に生まれた子供は母が異境の蛮族の娘だという理由で王位継承権はなく、次のルージ国王位はリネの息子アトラスに与えられる習わしである。しかし、夫の愛が得られないという悲しさを、アトラスの母リネはずっと持ち続けていた。