次の戦場へ
デルタスを訪問したその足で、ボルススは従者も連れず、グライスを伴っただけで、ジソーの天幕を訪れた。
「何用かな?」
ジソー王の疑問も尤もで、つい日没前に顔を合わせて、両国の今後の動向を話し合ったばかりである。ボルススはさらりと用件を明かした。
「明日、我らは帰国します故、ご挨拶に参った次第」
その挨拶にジソーは飛び上がるほど驚いた。
「帰国ですと? 我が軍は南ではグラト軍と戦っておるのです。この北では、間もなく来襲するルージとヴェスターを迎え撃たねばならぬ時期に?」
「心配はいり申さぬ。パトローサから増援を呼び寄せれば、貴国の兵力はルージやヴェスターの軍を上回りましょう。勝利は勇猛さにとどろくシュレーブの上にあり。間違いはございませぬ」
「しかし、」
ボルススはシュレーブを褒め称えることでジソーの反論を封じた。ジソー王が口ごもる様子を見ながら、グライスは先のジソー王との面会の出来事を思い出していた。ボルススはこれからの戦いの道筋を話はした。しかし、あの会話を振り返れば、一言もフローイ国が戦うとは語ってはいなかったのである。そして、ボルススはジソーに哀れみを乞うような表情を見せて言った。
「それに、考えてもみてくだされ。貴国からの要請に応じた急な出陣故に、我らフローイ軍は兵糧も少ない。お恥ずかしい話だが、間もなく底をつきます。それまでに帰国せねば兵が飢えます」
ボルススの言葉にジソーは実に気前の良い申し出をした。
「それならば、我が軍がフローイの兵糧を提供いたしましょう。それならば帰国せずとも安心して戦えましょう」
「おおっ、なんと寛大な申し出か。それならば我が軍も兵糧が続く限り、シュレーブと協力して戦えるというもの」
ボルススは感激に耐えぬという表情でジソーの手を固く握りしめ、何度も礼を言ってジソーの天幕を辞した。
ボルススはジソーとのやりとりを首を傾げて聞いていた孫に尋ねた。この時ばかりは祖父が孫に注ぐ笑顔である。
「グライスよ。我が軍の兵糧は充分にあるはずだと考えておるな?」
「いえ」
「何故だ?」
「この戦はシュレーブの戦。そう言うことにしておけば、我らは国力を損じることもなくジソーに恩を売れます」
「おおっ、言いおるわい」
「先ほどのデルタス殿から、我が王の心を察せよと教わったようなもの」
出陣の準備は充分整えていた。食料の備蓄も一月分はあるだろう。しかし、フローイからの長い道のりを考えれば物資の補給は苦しい。シュレーブから提供される物が活用できれば言うことはないのである。そして、食料を提供せねば、さっさと戦列を離れて帰国するということをジソーに納得させたようなものだった。何より、補給は苦しいが、良いこともある。シュレーブ国が戦場だと言うことである。戦いが続けば、村や町が焼けることもあるだろう。畑も荒れる。その損害を被るのは全てシュレーブ国である。
(あと一月半ばかりは)
王ボルススは戦いの期間をそう考えた。アトランティスの暦で一月は二十日。三十日先にはアトランティスの大地は豊かな実りの時期を迎える。その頃までに兵士を故郷に帰してやれば、フローイ国の収穫に差し支えることはあるまい。
ふんっ。ジソー王は鼻を鳴らした。満足をしたときの彼の癖である。彼の目論見通り推移すれば、ルージ軍の主力を壊滅できただろう。しかし、ジソー王が軍を前進させるという失策で目的を達することはできなかった。その結果にこだわることなく、次の最善の手を打つというのはボルススらしい。
「さて、明日は陣を引き払い、西のネルギエへ移動じゃ」
ボルススの言葉にグライスは頷いたが、思いは他にある。次の戦では誰かの手を借りず、自分の手でアトラスをしとめねばならないという決意である。そのアトラスはまだ父の死も知らずヴェスターにいた。




