戦いの後、デルタスとボルスス
夕刻、王ボルススの提案で、思いもかけず帰国が決まった。デルタスにとって、実に十二年ぶりの帰郷である。既に日は暮れて、無数の星々を背景に三日月が東の空にあり、兵士たちの慌ただしい声も収まっていた。ただ、日は暮れてもデルタスは出発準備に慌ただしい。そんなデルタスは、ふと手を止めて考えた。
毎年開催されるアトランティス議会の時期には、王ジソーは彼を伴って議会が開かれる聖都に行く。その折、議会に出席するために聖都に来る父のエダス王と顔を合わせていたときのことである。
(なるほど、あの時か)
デルタスがそう考えたのは、昨年、聖都のシュレーブ国王の館で開催された宴席の時のことである。アトランティスを束ねる神帝の長寿を祈るという名目は掲げられてはいたが、シュレーブの威勢を各国に誇示する目的の宴席である。出席した何人かの国王の一人にレネン国王エダスの顔もあった。
宴席で父と息子が相席になったものの、会話は進まなかった。父にしてみれば人質に差し出した息子にかける言葉が無く、息子にしてみれば、普段は言葉を交わすことがない男より、シュレーブの人々に親近感を感じるという具合だった。
この時、人の良さそうな男が一人やってきて、杯を傾けつつ世間話の話題を投げかけた。父と子の隙間を埋めるような話題の数々に、思いの外話は弾んだ。ただ、その男が二人の傍らを離れるまでの間の短い出来事だった。あの男は名乗りもしない失礼さを感じさせもせず、二人の心に入ってきたかと思うと、去り方もまた自然で、父と子は会話が途絶えたことで男が傍らから去ったことに気づいたような具合だった。
思い起こせば、あの男がフローイ国王ボルススだった。普段は王ジソーの傍らにいる青年と、レネン国王がぎごちない会話をしている姿をめざとく見つけ、二人の関係を探ったに違いない。ボルススは会話の中から、青年が実質上の人質だと言うことや、現レネン国王とその長子のわだかまりまで聞き出していたのである。
(食えぬお人だ)
デルタスは苦笑いしたくなる思いを感じつつ、ボルススのことをそう思った。ボルススに関係を探ろうとする意図があったにせよ、父との会話が弾むという生まれて初めての心地よい経験をさせてもらった。
思い出に浸るデルタスに、身の回りの世話をしている下僕が現れて言った。
「フローイ国王ボルスス様がお見えになっています」
お通ししてよろしいでしょうか。下僕がその言葉を途切れさせたのは、突然にデルタスが笑ったからである。デルタスはその理由を説明せず命じた。
「よい。お通してくれ」
ボルススのことを考えているときに、その本人が現れる。自然な登場の仕方にデルタスは面白く、ボルススらしいと思ったのである。もちろん、あのボルススのこと、この訪問の裏に何か含むところもあるだろう。
「夜分にすまぬな。是非とも今日のうちにお渡ししたいものがありましてな」
ボルススは傍らに控えていたグライスに合図して、配下の者に荷を運び込ませた。
「これは?」
「リダル王が身につけていた甲冑ですわい。これがあれば、ルージの者どももリダル王が亡くなった知らせを信用するでしょう」
「なるほど」
デルタスは呟くようにそう短く言い、ボルススの意図を察した。デルタスはレネン国王位継承者としての資格は持っていても、顔や名を知るものはなく、ましてや若輩者である。そんなデルタスがルージ軍に出向いて、リダル王が戦死したと告げても、その言葉は信用されないに違いない。派手さは微塵も無いが、鎧本来の実用性という点ではこれに勝る鎧はないだろうと思わせる。着用していた持ち主の気迫が残っているような鎧だった。その甲冑を眺めたデルタスが言った。
「剣はいかがされました」
「剣とな」
ボルススが首を傾げるそぶりを見せたので、デルタスはその価値を語った。
「ルージ国の者たちは、剣を自らの分身として重用すると。友愛の証として剣を交換しあったり、王が正当な王位継承の証として次の王に引き継ぐとか。たしか、リダル王も父のロスドム王から剣を賜って王位継承の証としたはず」
デルタスの言葉にボルススは舌を巻いた。たしかに、ただの人質ではなかった。各国の事情に良く精通し、状況を正確に読み取る能力がある。それだけに、この青年には正直に事実を語って信用を得る方が良いだろう。ボルススはそう考えた。
「念入りに辺りを探させたが、リダル王の剣は未だ見つかっておらぬ」
「そうですか」
デルタスが見るところ、ボルススは合理的な人物らしい。彼自身が剣に価値を見いだすとすれば戦場での実用性のみ。勝利の記念品として敵の王の剣に興味をもつ事は無かろう。それに今の状況でボルススがデルタスを偽る理由もない。デルタスはそう判断したが、もう一つ確認しておきたいことがある。リダルの遺体のことである。デルタスは疑問を口にした。
「リダルの遺体はどうされます?」
「おおっ、その事よ。この暑さ故、遺体をヴェスターまで届けることもかなわぬ。我らフローイ国の手で丁重に荼毘に付し、貴国を通じて王の遺骨をルージ国へお返し致しましょう」
溢れる感情が本物かどうか分からないが、ボルスス王の物言いは、ルージの人々と亡くなったリダルへの敬愛に溢れていた。しかし、傍らのグライスが素朴な疑問を呈した。
「しかし、それでは奴らがシュレーブに侵出する理由が無くなります」
ルージ軍は王の死体が辱められることを避けるために、王の死体を取り戻しに来る。遺骨を返せばその理由が無くなり、その後の戦の算段も立たないというのである。デルタスはこの実直な若者に微笑みかけて、ボルススの意図を読み解いてみせた。
「勇者よ、心配めさるな。遺骨を返すのは、次の戦が始まる直前のこと。それまでは、私はルージ軍の者どもにそれを伝えねばよい。そう言うことですな」
デルタスの言葉に、王ボルススは頷きもせず、満足げに人の良い笑顔を浮かべただけである。彼はふとデルタスの天幕の小ささに気づいたように見回してぽつりと言った。
「帰国されるにしても、従者の数が少なくては荷を運ぶにも難渋しましょう。そうだ、我が軍は明日、ネルギエへと移動します。ネルギエまで、我らがリダル王の甲冑を運んでしんぜましょう」
「感謝します」
デルタスは提案を拒否する理由もなく頷いた。次の戦場になるだろうネルギエの土地までここから西へ三日。デルタスはそこから街道を通って、北西のレネンの都ザルタルを目指すのである。




