戦いの後、王子デルタス登場
長く続く戦になるかも知れないという余韻が残っていた。しかし、今日の戦は終わった。出迎えた王ジソーも、王ボルススの様子から門の内側でのフローイ軍の勝利の臭いをかぎ取った。しかし、確認しておきたいことがある。言うまでもなくリダルのことである。
「我が方は勇者アガルススを討ち取る大勝利でありました。そちらの戦況はいかがでしょう」
王ボルススは言葉では答えず、腕を差しのばして後ろの荷車に積んだものを指し示した。葬儀の時に遺体をくるむ様式から、荷車の上の毛布の中身が遺体だと知れた。
「これが?」
「左様」
ボルススは続く返事に変えて、荷車の毛布をめくって見せた。シゾー王にとって最も気がかりな人物だろう。ジソー王は安堵のため息をつくように言った。
「おおっ、死んでも、嵐の神のごとき面構えをしておるわ」
「我が孫が討ち取り申した」
「おおっ。なんという、なんという勇者か。我が軍にもこれほどの勇者は居らぬ」
この時のジソー王の感嘆の言葉に偽りはなかった。ただ、リダルの死に、心に傷を負ったグライスは口を真一文字に閉じて黙っていただけである。ボルススが約定を違えて陣を動かしたジソーに皮肉ともつかぬことを言った。
「これも、貴国が我らに手柄を譲ってくださったおかげです」
ボルススの言葉に、ジソーは眉をぴくりと動かした。皮肉の意味を悟ったに違いない。しかし、彼は明るい笑顔で話題を転じた。
「そうだ。このリダルめの死体を聖都に送り、門に吊して晒してやればよい」
「死体を辱めるとおっしゃるのですか?」
沈黙を守っていたグライスが口を開き、非難の口調を隠そうとはしていない。ジソー王はグライスの口調を気にする様子もなく、思いつきに酔うように言葉を続けた。
「その通り。反逆者の頭目の死体ともなれば目立つであろうよ。そして、我らの勝利と、この獣を討った者がフローイの若き勇者を喧伝するのだ。さすれば我らが士気も上がりましょう」
我らの勝利とジソーは言ったが、抜け目のない男で、既に勝利を伝える使者を聖都とシュレーブの都パトローサに遣わしていた。使者が伝える口上には、シュレーブ軍の勇猛さと、ジソー王の偉大なの勝利に触れられては居ても、フローイ国については戦場の場にいたということしか含まれてはいない。ボルススはイドポワの門の外に陣を敷いていたイドラスが集めた情報でそれは知ってはいたが、ジソーには何も語らなかった。
勝利の宣伝をすればするほど、王を討たれたルージ軍の憎しみはシュレーブ国に向く。ルージ軍の主力を殲滅したのならともかく、主力は残って王の敵討ちに爪を研いでいるだろう今、そのルージ軍の憎しみはシュレーブに背負ってもらうに限る。
(我らも、シュレーブの勝利を高らかに宣伝する手伝いができればいいのだが)
ボルススは人の良い笑顔でそう考えていた。
戦勝の挨拶のあと、王たちの腹の探り合いが長く続くだろうと考えていたグライスの予想は外れた。ジソー王の天幕に招き入れられ戦勝の杯を勧められたボルスス王は、ジソー王が陣立てを変えた事には触れず、ジソー王とその指揮下の軍の敢闘を讃えたかと思うと、いきなり本題を切り出したのである。
「しかし、奴らとは、もう一戦、せねばなり申さぬ」
ボルススの言葉にジソー王が疑問を呈した。
「何を? 我が軍に猛将アガルススを討ち取られ、貴軍によってリダルが討たれ申した。有能な将士と王が討ち取られた上に、奴らが未だ戦うと?」
「奴らにすればだまし討ちで王を討ち取られたようなもの。復讐心に燃えておりましょう」
「さすれば、数千の兵をこのイドポワの門の備えとすればいいだけのこと。この門がある限り、奴らは我が国に入るはでき申さぬ」
「お忘れか?」
「何を?」
「奴らは名うての海軍国。海路、シラス湾を渡って、貴国の沿岸部を襲いましょう。神出鬼没。いかに貴国の海軍とはいえ、ウルスス王の頃よりその扱いには頭を悩ませる事態となりましょう」
ボルススはジソーの父親ウルスス王の時代の出来事と重ねて言った。厳密に言えば違う。ルージ海軍がシュレーブ国の沿岸を侵した例はない。ただ、古くはルージ本島や南のヤルージ島に本拠を置く海賊たちがシラス湾に出没し、シュレーブ国の沿岸部を荒らし回った歴史がある。50年ばかり前、リダルの父ロスドムによって、その根拠が鎮圧されるまで続いたのである。その海賊どもがシュレーブ国の民に与えた恐怖と、シュレーブ海軍に与えた無力感は、今でも深く彼らの記憶に刻まれていた。
確かに、ルージの者どもに海上を暴れ回られる事態は、シュレーブ王ジソーにとって避けたいことだった。彼は残された選択肢を口にした。
「奴らが陸にいる今こそ殲滅の機会だと?」
「ご明察ですな」
「しかし、我らが待ち伏せを知った上で、奴らが再び陸路こちらに出てくるということなどありましょうや」
「儂に案がありまする」
「案とな?」
「ジソー王はレネン国と、特別な親交がありましょう」
特別な親交という言葉に、ジソー王がぴくりと反応したのをボルススは見逃さなかった。アトランティスの九カ国は、聖都のアトランティス議会に集うようになって以降、他国を侵してはならないという堅い定めがあった。シュレーブはいくつかの理由に隠してその定めを破っていたのである。
王ボルススが向ける視線の先にその若者が居た。王ジソーはそれに気づいて言った。
「おお、デルタス王子が居られましたな」
偶然に居られたという事ではない。王ジソーが彼をこの戦場に連れてきた。レネン国の継承権を持つ第一王子である。中原の大国シュレーブと、その北の国レネン。国は大きくともその大半は山岳地帯で、民も田畑も少ない貧しい国である。その力関係がうかがい知れた。若君にシュレーブの文化や芸術を学ばせてはどうかと言われれば、それが人質の意味を持つことを分かっていても、レネン国はシュレーブ国の申し入れを断りがたい。デルタスは僅か七歳の歳でシュレーブ国の都パトローサに迎えられ、シュレーブでの生活も十二年を超えた。実質上の人質とはいえ待遇は悪くはない。シュレーブ国は国の威信をかけて、デルタスを王族として遇したし、彼の目付役としてのジソーは王位に就く前から彼を可愛がっていた。
しかし、王ジソーの立場で見ればどうだろう。いずれは、シュレーブの貴族の娘を嫁がせてやろうとは思っていたが、格下の国の王子に実の娘エリュティアを嫁がせることなど思いもよらなかった。この戦場に彼を連れてきたのも、将来のレネン国王にシュレーブの強大な軍事力を印象づけるためである。
この場の話題の中心になるはずの若者は、ただ黙って二人の王の話を聞いていた。この若者には自分の感情や思考というものが欠落しているようだった。ボルススの傍らにいたグライスには、デルタスが自分より二つ三つ年上に見えること以外、デルタスの感情を伴わない表情や動作から、何も読み取ることはできなかった。ボルススはデルタスという一個の彫像がそこにあるかのように、彼の存在を気にすることもなく、王ジソーに語った。
「レネン国に、ルージとヴェスターの軍の通行を許すと申し入れさせるのです」
ボルススが言うレネン国とは、今回の戦いでルージ国と共に兵を挙げたヴェスター国の西に国境を接する。ヴェスター国とレネン国の両国を繋ぐ街道は、ヴェスター国の大商人たちの荷馬車がひっきりなしに行き交い、軍の移動に申し分が無い。レネン国内から南へ向かう街道はまっすぐ伸びてシュレーブ国内を通過して聖都に至る。
戦死したリダルは、軍を動かすと言うことで、他国の無用な警戒を避けるために、行軍の困難さを甘んじて受け入れてでも、同盟軍のヴェスター国内のイドポワ街道を辿った。ただ、味方だと信じていたシュレーブ国やフローイ国に待ち伏せをされていると知っていたり、レネン国を通ることが可能なら、そちらの街道を通ったに違いない。
この時、二人の王の会話を黙って聞いていたデルタスが突然に口を開いた。
「しかし、反逆者どもの通行を許したとなれば、我がレネン国も反逆者の仲間と見なされましょう」
「それは」
デルタスの正論に王ジソーは口ごもり、ボルススが言葉を継いだ。
「それは、奴らと我ら、どちらが先に貴国を通過しようとしたか。そう言うことでありましょう」
「どういうことでしょう?」
「シュレーブ国は、ヴェスターにいるルージ・ヴェスター連合軍を討つために貴国の通行を申し入れます。聞き入れてくださるな?」
「そう言うことであれば、父は必ず承諾いたしましょう」
「貴国の街道を通過する我らと無用な混乱を避けるために、貴国は街道沿いの関所の兵を後方へ下げてくださるだけでよい。がら空きになった街道を押し通るのは……」
「ルージ・ヴェスター連合軍が、我が国の隙を突いて、貴国より先に通るということですか」
「その通り。我らのためにあけた通路を、ルージが勝手に押し通ったということです」
「しかし、奴らが先に動きましょうや」
「それは、貴国が、我らにもルージにも恩を売ればよい」
「というと?」
「今回の戦で痛手を被った我らの有様をありのまま、奴らに伝えなされ。我らはネルギエの町に駐屯して軍を再編成するとも。奴らはその知らせに小躍りして使者を歓待いたしましょう」
ネルギエの町というのは、イドポワの門の西方に位置している。七歳の頃のデルタスが、人質として国境を越え、シュレーブで最初に一夜を過ごした町だった。
更に記憶をたどれば、その町の近くの川辺には、大軍を集結させることができるほどの広さの荒れ地がある。そこに全軍を集結させて、やってくるルージ・ヴェスター連合軍を殲滅する意図がうかがい知れた。
デルタスはそんな思いを表に出さず、事務的に推測を語った。
「痛手を被ったシュレーブ・フローイ軍に、奴らが油断して襲いかかってくると言うわけですか」
デルタスの言葉に頷くボルススに、ジソーは顔をしかめた。
「何? それは困る。我らはまず兵を整えねばならぬ」
「いや、都パトローサからネルギエまで四日もあれば増援が届きましょう。増援の要請を出せば、戦いが始まるときには、奴らを上回る部隊を動員できるはず」
そう言われるとジソーには返す言葉がない。デルタスは次の疑問を投げかけた。
「しかし、我がレネン国の申し入れを、奴らが信用して兵を進めるでしょうか」
王を失ったルージ軍は戦を諦めて帰国するかもしれず、レネン国の申し入れも何かの罠と判断するかもしれない。
ボルススはデルタスの思いを打ち消すように首を横に振って断言した。
「進めさせねばならぬ」
「どうやって?」
「つい先ほど、ジソー王が提案して居られた」
ジソーはボルススとデルタスの視線が自分に注がれるのを感じたが、そのような提案の記憶には覚えがなかった。ボルススは彼の記憶を辿るかのように言葉を継いだ。
「ルージ兵の死体から首を切り、反逆者の手先の証としてその首から鼻と耳を削いでイドポワの門に並べ、リダルめの死体はシリャードに運んで、反逆者として晒してやると。それを聞けば奴らは黙って引き下がることはあるまい」
ルージ兵の死体云々の文言は、情報を強調するためにボルススが勝手に付け加えた。ただ、自信満々でそう言われると、戦場の高揚した気分の中で確かにそう言ったかのような気になり、王ジソーは眉を顰めただけである。デルタスが言った。
「ルージの奴らが王の死体を取り戻しに来るだろうというのですね」
「いかがか?」
ボルスス王がデルタスにそう尋ねた時点で、デルタスを使者として認めたようなものだった。レネン国の王子という立場に加えて、戦い直後の混乱した雰囲気の中での落ち着きのある物腰、ボルススの話に要点を突いた質問を投げかける知力など、使者として申し分ない能力を持っていると値踏みしたのである。ボルススはジソーに向き直って同じ事を尋ねた。
「いかがであろう。この者をルージとヴェスターへの使者として遣わしては」
ボルススの提案に、ジソーは若者にその結論を求めた。
「いかがかな、デルタス殿」
「まず、レネンに戻り、我が王の裁可を仰いで後、使者の任を努めたいと考えます」
王子として標準的な物言いだろう。ボルススは納得して頷いた。
「では、直ぐにレネンへ発たれるのがよろしかろう」
デルタスが即座にルージと接触するというのがボルススにとって最大の関心事だった。今のままでは、ヴェスター軍と、ヴェスターにいるルージ軍がどう動くかは予測がつかない。しかし、この若者がルージに用件を伝えれば奴らはボルススの手の上で躍っているようなものだった。必ず、レネン国を通り、ネルギエの町に進出するに違いない。




