戦いの後、グライスの思い
イドポワの門の内側のフローイ軍の陣では、戦いで疲れ切った兵士たちが、戦の後片付けに慌ただしく働いていた。生きている者のための食事の準備、数百もの死体の埋葬など、すべきことは多いのである。負傷した者は手当を受け、地面に敷いた毛布にずらりと横たえられていた。初夏の暑さが籠もる天幕の中より、涼しい木陰で休ませてやろうという配慮らしい。
そんな負傷兵と視線が合うたびに、王子グライスは黙って頷いて兵士の健闘をたたえた。傷の軽い兵士たちがグライスに向ける視線が敬愛に満ちていた。リダルを討った若き勇者に対する視線だろう。事実、負傷にうめきながら、王子に審判の神のご加護を願う声を上げる兵士たちが居た。戦いによって勇者の運命を得たグライスを讃えているのである。
グライスはふと気づいて立ち止まった。目を大きく見開いて空を凝視している負傷兵だった。腹に巻いた布からとめどもなく血が滲みだしていた。
「つい今し方、息を引き取りましてございます」
グライスは傍らの負傷兵の言葉に頷いて、死んだ兵士の瞼に手を当てて閉じさせた。未だ若い。グライスよりほんの二、三歳年上に見えた。故郷には妻や子供がいてもおかしくない年頃の青年だった。立ち上がったグライスの手が僅から震えていた。ひょっとすれば、自分自身もこの若い兵士のように死体になっていたのかも知れない。いや、副官ロットラスが手槍を投げていなければ、自分はリダルの槍に貫かれて死んでいただろう。グライスは素直にそう思った。
至近距離で相まみえたときのリダルの表情が、グライスの心に刻まれてよみがえった。グライスの未熟さに、彼を見逃そうとした時の戸惑いの表情と、その相手がフローイ国の王子だと知ったときに向けた、自信に満ちた勝利の表情。そのリダルの記憶が、グライスを恐怖とも緊張ともつかぬ不安で満たし、肩や手の震えが止まらなかった。そんな姿を恥じて、グライスは自分の天幕に休息の場を求めた。
横たわる気にもなれず、椅子に座って両肘を膝について前屈みになってじっと考え続けていた。この初陣の若者には、考えることだけが、心の迷いから抜け出す手段だった。心の中から迷いが抜けるにつれて浮かび上がったのは、幾つもの罪悪感である。
あのとき、グライスが声をかけたために、リダルに一瞬の隙が生まれた。その隙を突いて背後から副官ロットラスが槍を投げ、グライスがリダルに止めを刺した。偉大な勇者。グライスはリダルをそう実感していた。その偉大な勇者を自分は卑怯な手段で抹殺してしまったのではないか。そう言う罪悪感の上に、兵士たちが卑怯者の自分に向ける尊敬のまなざしを受ける罪悪感が加わった。
そんな彼にそっと呼びかけた者が居た。
「我が王子よ」
「ロットラスか」
「王子……。私は……」
王子とその付き人としての関係は長く、ロットラスはこの清廉な若者の心をよく察していた。ロットラスは自分の行為が、王子の命を救っただけではなく、この若者の名誉を傷つけることになったのではないかとも考えたのである。口ごもるロットラスの心を察してグライスが言った。
「言うな。お前には感謝している」
卑怯者と謗られかねない運命は受け入れねばならないだろう。しかし、その汚名は拭い去ってみせる。そんなグライスの固い決意が、次の戦いでリダルの息子アトラスとの無謀ともいえる一騎打ちへと駆り立てていくのである。
副官ロットラスは、話題を転じて本来の用件を切り出した。
「我らが王がお呼びです。シュレーブ軍の陣へ同行せよと」
「シュレーブ軍の陣営へ?」




