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グライス参戦

 街道が見える位置まで本陣を進めた王ボルススの陣から眺めれば、八百人ばかりの前衛部隊が、荒い木々の間を縫って駆け上がってくるルージ軍の小集団に、その四倍はあろうかというフローイ軍の前衛が襲いかかっていく光景である。

 この場合、坂を駆け下る者たちに戦いの勢いがあるはずだった。しかし、どうだろう。王リダル率いるルージ兵たちは、後方や側面の敵など目に入らぬかのように、前方のみ見つめて前進する足を止めない。ルージ軍に正面から挑みかかったフローイ軍の前衛はみるみるその厚みを減らし、食いちぎられるように前衛部隊に隙間が空いた。

「ほぉ」

 ボルススの口を突いて出たのは言葉にもならない感嘆と賞賛のため息である。いまや遠い記憶の彼方、伝説化したリダルの突撃を今ボルスス自身が眺めているのである。王ボルススの傍らで孫のグライスも驚きと共にその光景を眺めた。

 ルージ軍はついにフローイ軍の前衛を食い破り、先頭の王リダルが遮る者のない姿を現した。


「グライス。状況が変わった。行って、敵の勢いを止めよ。その後のこと、儂がする」

 王ボルススが孫に与えた短い教育の言葉である。ボルススが自分の本隊以外に、孫が率いる部隊を手元に残したのはこういう状況の変化に対応するためだった。ただ、祖父が初陣の孫に戦ってこいと命じたのは、兵を損じているとはいえ、アトランティス最強のリダル王とその直卒の部隊である。今は国を支える自分自身を守るのが最優先。王ボルススは、そのためには、たとえ孫の命とはいえすり減らす覚悟を決めていた。

 祖父の言葉に優しさと厳しさ、そして王としての冷酷さを感じ取りながら、グライスはこの王であり祖父でもある男の期待に応えたいと思った。

「ロットラス」

 グライスは王の本陣の前に布陣する自分の部隊にいる副官の名を呼びながら駆けた。

「ロットラス。我が部隊を前進させよ。リダルめを阻んでくれる」

 大声で命令を放ちながら自分の部隊に駆け込んでゆく孫に迷いは感じられなかった。ボルススはその孫の背を頼もしげに見守った。この時、王ボルススに声をかけた者が居る。

「我が王よ、リダルはこの旗を目指しているものと思われまする。一度、旗を伏せられてはいかが?」

 そう言ったのは王が最も信頼する側近の一人ストマスである。リダル王の勢いを見ればこの本陣を突きかねず、王ボルススも危険にさらされる恐れがある。王が居る本陣の旗印を隠せと言うのである。王ボルススはストマスを激しく睨んだのみで言葉を与えず、旗持ちの兵士に命じた。

「旗持ちよ。我が緑旗クラディクを振れぃっ。リダルに見えるように、大きく振れいっ」

 未だ若いストマスは王の意図を察しかねて首を傾げた。もし、都に残した謀臣マッドケウスがこの光景を見れば、若いストマスに笑いながら説明しただろう。彼らの王ボルススは、孫の命を危険に晒しながらも、自らに挑みかかる者があれば、真っ向から受けて立つという気概を持っている。その気概がなければ、このアトランティスに覇を唱えることなどできはしないだろう。

 そして、この王は願望ではなく、冷静な事実の上に居る。目の前に迫るルージ軍を見れば、勢いはあるが、後方や側面から攻め立てるフローイ軍部隊によって兵力を急激に減らしている。いかに勢いがあろうと、味方があと三百、グライスの部隊が正面から戦いに加われば勢いは止まり、リダル王の槍の穂先はここまで届くまいという冷静な判断である。



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