前哨戦・アガルススの戦い5
王ジソーから見れば、まるで自軍が魔法に翻弄されているかのようなのような戦況だった。気がつけば、大軍を擁していたはずのシュレーブ軍は、僅かな間にその二割の戦力を失って、王自慢のルムアヌ弓隊など壊滅状態だった。そして間もなく、シュレーブ軍第二の勇者ユキヌス戦死の報にまで接することになる。
その魔法を演出したのは言うまでもなく、ルージ軍のアガルススである。戦いが始まれば、どちらかの兵が損耗しつくすまで戦闘が続くというこの時代、局地的な勝利の後、素早く兵を引くということができるのは、このアガルススという将と彼に信服する兵士たちだけだったかも知れない。
ただ、この戦況も、アガルススの兵が疲れ切って戦意を失うまでのこと。このまま戦えば、戦に敗れるのは、やがて、兵を少しづつ損耗してゆくアガルススの方である。
(もう一当てして門の内側に引くか)
アガルススがそう考えたとき、イドポワの門の内側から、突撃の合図の長く響く角笛の音とともに兵士の喚声が響いた。首を傾げたアガルススの元にリダル王からの使者が駆けつけて伝えた。
フローイ軍の奇襲を受けているという。
「しまった」
アガルススは事態を察して小さく呟いた。シュレーブ軍がここで待ち受けていたと言うことは、別の軍が門の内側の斜面に潜んでいても不思議はなかったのである。彼は味方の指揮官に決断を下した。
「ナガライル殿、タルス殿、ドルルス殿、貴殿らは王の加勢に行ってくだされ」
ナガライル、タルス、ドルルス、ともに小領主でそれぞれ数十名の兵を率いて参陣し、アガルススの指揮下に編入されていたのである。アガルススは彼らに背後で戦う王の救援に行けという。残されるのはアガルスス直卒の三百余名の兵である。その三百も先ほどの戦いで損じて、戦える者は二百五十あまりだろう。
タルスは短く聞いた。
「アガルスス殿、貴殿はどうされる」
「儂は、残る。シュレーブの奴らめを、通す訳にはゆかぬ」
運命を司る神ニクススは、その舞台に最も適した運命の者を遣わすといういわれがあった。その例を挙げるとすれば、この戦場にアガルススという男を配したことだろう。僅かな兵で敵を翻弄した。しかし、戦の女神には見放されたらしい。
アガルススは、ただ、武人として、この運命を受け入れた。あとは最後の役割を果たすだけだった。
「お前たちの勇敢な戦ぶり、この儂が、パトロエへの語りぐさしてやろう」
兵士たちもこの指揮官と生死を共にする運命を受け入れて頷いた。




