前哨戦・アガルススの戦い4
「ええいっ、足を止めるな。前進」
投石によって思いもかけない被害を被ったとはいえ、まだ率いる兵の数は多く、あと、一息駆ければ、敵陣に到達できる距離である。僅かな敵兵を蹂躙することもできるだろうとユキヌスは考えていた。
「突撃せよ。足を止める者は斬る」
隣の部隊ではエムススがそう怒鳴りながら兵を叱咤していた。仲の悪い二人だが、このまま前進を続けて兵の数で圧倒できるいう意見では一致していた。
「見よ。敵は僅か、我らは多数。敵を踏みつぶすのに、何の遠慮があるかっ」
ユキヌスがそんな言葉で兵を叱咤したとき、本陣から聞こえたのは角笛が短く繰り返し鳴らさる音である。ユキヌスもエムススにも信じられない音だが退却を命じる合図に間違いはなかった。振り返ってみれば、彼らの部隊の背後までルムアヌ弓隊が前進しているのが見えた。王が弓隊の投入を決断したことが伺えた。
ルムアヌ弓隊が掲げる赤地に金色の三日月の紋章は王直轄の部隊の印で、行く手を遮ることは許されない決まりだった。エムススは怒鳴った。
「ユキヌスよ、いかがする?」
「やむを得ぬ。兵を引く」
「あい分かった」
競争相手が引くとなれば、どちらにも異存はなかった。既に、他の将軍たちは命令に従って兵を引き始めている。ユキヌスは兵に命じた。
「下がれっ」
「間隔を詰めよ。弓隊の行く手を遮ってはならぬ」
二人は兵たちの狭い間隔を更に縮めるように接近させて、弓隊が通れる隙間を作り出した。下がりつつ間隔を詰めるという行為で兵たちは更に混乱した。傷ついた仲間を助けて戻る余裕はなく、罪悪感に苛まされる。そして、一端、背を向けたルージ軍に対して、シュレーブ兵の心に恐怖のみ膨れあがっていった。
敵味方が、一息駆ければたどり着ける位置にいる。それは、ルージ軍のアガルススにとっても同じだった。
「ルージ軍の勇者ども。突撃じゃぁ。裏切り者どもを討ち取れいっ」
彼はこの機会を逃さず兵士どもに命令を下したばかりではなく、馬を駆って彼自身が剣を構えて突撃した。
シュレーブ軍兵士は信じられないものを見た。僅かな兵で亀の甲羅のように堅く守りに徹するだろうと考えていたルージ軍が、恐れも見せず前進してきたのである。緊張で荒い呼吸を十もせぬうちに、アガルススは敵に斬りかかった。徒立ちのルージ兵が追いついてシュレーブ軍兵士の背後を襲った。
退却する体制にあったシュレーブ兵は、まだ、ましだったかも知れない。前進を続けていたルムアル弓隊は、矢をつがえる間もなく、アガルススが率いるルージ軍兵士とぶつかった。弓以外に身を守る物は短剣のみ、盾や重装備の鎧もないルムアル弓隊は次々と討たれていった。抵抗の手段を持たない弓隊と、退却で背を向け続ける兵士を襲う様は一方的な虐殺にも見えた。
「陣へ退け」
頃合いかと見たアガルススは兵士たちにそう命令した。イドポワの門に敷いた陣から離れすぎるのは好ましくないということである。
「勝利は我らに。勝利は我らに」
アガルススはそう叫びながら、戦う敵と味方の間に割って入って、敵味方を分け、味方を陣に下げた。
「味方の怪我人を残すな」
アガルススはそう命じることも忘れてはいない。
「勝利は我らに」
ルージ軍兵士たちアガルススの言葉を叫びつつ元の陣にとって返した。討たれたルージ兵は僅か、両軍の中間には、混乱の中で討ち取られたシュレーブ兵のおびただしい死体が残されていた。中には乱戦に巻き込まれたユキヌスの姿もあり、その死体は信じられない運命を見つめるかのように空を睨んでいた。




