表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/491

アガルススとナグマル2

 ナグマルにはいたずらに己の武勇を誇る様子があり、その軍装も勇壮で華美な点のみを求めているようで実戦的ではない。幾多の戦場を駆け回ってきたアガルススは、そんなナグマルの強さを値踏みする余裕があった。

「では、お相手いたそう」

 そう言って進み出たアガルススは盾も持たず、行軍中に身につけている軽鎧、右手に使い慣れた剣のみ手にした、ナグマルと比較にならない軽々とした姿である。アガルススのあまりの軽装をみたナグマルは怒りを浮かべて突進してきた。

「この儂を侮りおるか」

 この瞬間からシュレーブ軍は動きを止め、この二人の一騎打ちに注目した。


 アガルススには確認しておかなければならないことがある。シュレーブ軍がルージ軍の進軍を妨害するようにここに布陣し、敵意をむき出しにしている理由である。この場所はシュレーブ国内に入る場所とはいえ、聖都シリャードに向かう街道上の場所で、通行の自由は認められる習わしだった。そして、王リダルが聖都を占領するアテナイ軍討伐を宣言しているだけに、アテナイ軍と戦うために来たということも分かっているだろう。シュレーブ軍が、蛮族の軍と戦うルージ軍に加勢して合流することはあっても、シュレーブがルージを敵と見なす理由はないはずだった。

 アガルススは迫ってきたナグマルからするりと身を避け、目標を行き過ぎたナグマルが振り返るのを眺めながら声をかけた。

「ナグマルよ。何をトチ狂って、蛮族と戦おうとする我らを襲う?」

「黙れい、暗殺者どもがっ」

「我らルージが暗殺者だと? なにを惚けたことを」

「とぼけるな。リダルかアトラスかは知らぬが、ルージが神帝を暗殺したこと、六神司院の最高神官ロゲル・スゲラから伝え聞いておる」

 ナグマルは出陣後、聖都シリャードから北へ行軍の方向を転じるときに、王ジソーから聞かされたことを語った。彼自身が聖都に巣くうアテナイ兵どもを駆逐するつもりで出陣したが、王ジソーはそこで行軍することを止めず、本来の敵を宣言して、部隊を分けて北と南に行軍を続けさせる指示したということである。

 ナグマル自身がまだ整理が付かない心を振り払うように、振り上げた剣を力任せに振り下ろすのを、アガルススは自分の剣で払った。ナグマルの剣を受け流しただけにかかわらず、剣から伝わる衝撃は大きく、ナグマルのすさまじい腕力を想像させた。ただ、その瞬間にはアガルススは、するりとナグマルの背後に回り、彼の兜の上に付いた羽の飾り物を切り落とした。もちろん、ナグマルの首筋に刃を突き立てることもできたろう。アガルススはそれをしなかった理由を大声で伝えた。

「まずは、臆病者呼ばわりしたことにお詫びのしるしだ」

「何を小賢しいジジイが」

 ただ、ナグマルは自慢の兜の飾りを、大勢の兵士の目の前切り落とされるなどという屈辱を今まで味わったことがなかった。彼は興奮を増して、剣を上下左右に振りまわし、盾を突き出してアガルススを突き飛ばそうとしたが、剣はアガルススの剣に受け流され、盾は軽やかに身をかわされて、アガルススを傷つけることはできない。

 熟練した武人として、アガルススは彼に同情した。アガルススは長い経験で知っていた。鎧は重いばかりではなく自由な動きを制限する。重い剣や盾を振り回し続ければ、いかに腕力のある者でも疲労する。風通しの悪い鎧の中では、体温が上がり、呼吸は荒くなり、動きは鈍くなる。アガルススが見たところ、ナグマルの呼吸はすでに短く荒く、見事な兜からはみ出した髪を伝って汗が滴り落ちていた。足取りに軽やかさはなく、振り回す剣や盾で足元がふらついていた。

 それでも、ナグマルは剣と盾で攻撃を止めない。シュレーブ軍の面々から見れば、味方が一方的にルージ軍の猛将アガルススを攻撃し続ける光景だが、二人の動きは円の縁をたどるようで、両軍の陣営の中央から移動していない。

(頃合いか)

 ナグマルが下から切り上げる剣を払いながら、アガルススはちらりと自軍に目をやってそう考えた。アガルススの隊は門の入り口に陣を敷き終えていた。一騎打ちの前に出した使者は王の元にたどり着いているだろう。シュレーブ軍もルージ軍と話し合う余地も無かろう。あとは戦うのみである。アガルススはそう決断した。

 ナグマルが右腕の剣を勢いよく切り上げたため、本来、その隙を守るべき盾はアガルススを突き飛ばすように左側へと突き出され、ナグマルの右の脇ががら空きになっていた。アガルススはそれを見逃さず、ナグマルが身につけた鎧の肩当てと胸板の間から、ナグマルの体を剣で深々と刺し貫いた。そして、一瞬の後悔と苦痛に呻くナグマルの体を蹴り倒しながら、自分の剣を抜いた。地に倒れたナグマルには、もはや剣の束を握る力は残されておらず。左腕にも重い盾を振り回す力は残っていないようだった。ナグマルの荒い呼吸に血の飛沫が混じった。剣を構えなおしたアガルススに向けるナグマルの表情に怒りはあっても哀れみを乞う様子はなく、最後に不敵な笑みを浮かべて、苦しげに血の飛沫を吐いた。アガルススはナグマルの最後の矜持を認めつつ、彼の首筋を刺し貫いて止めを刺して、彼が味わう最後の苦痛と死の恐怖から解放した。

 アガルススはシュレーブの軍に向けて呼ばわった。

「臆病者呼ばわりをしたこと、儂の誤りであった。この者は真の勇者であった。誰かこの勇者の亡骸なきがらを引き取りに参られい」


 間もなく、ナグマルの陣から数人の兵が進み出て、亡くなった主人の体を引きずって陣に戻った。その兵士たちがアガルススに向ける視線には、主人を討たれた憎しみより、シュレーブ国随一の勇者を倒した男に対する恐れが大きい。おそらくはこの一騎打ちを眺めていたシュレーブ軍兵士に共通する感情だったろう。

 アガルススは再び声を張り上げた。

「他に、儂の相手を努めてくださる勇者は居らぬか?」

 彼はルージ軍を囲むように布陣するシュレーブ軍をゆっくり眺め回して言葉を続けた。

「相手が居らぬなら、ご挨拶は終わった。これ以降は、我が兵がお相手申そう」

 そう言い終わると、アガルススはシュレーブ軍の陣にゆっくりと背を向け、自分が指揮する兵たちに勝利を宣言するように豪快に笑った。そして、兵士たちにも共に笑えと指示するかのように一騎打ちの間、地面に突き刺してたてていた自分の旗竿を兵士たちに振って見せた。兵士たちも自分たちの主人の勝利に沸いて笑い声が響いただけではなく、主人の言葉を繰り返す声が、ルージ軍の陣にいくつも響き渡った。

「我らがお相手申そう」というのである。

 アガルススの勝利は兵士たちに乗り移った。共に笑い、共に叫ぶことで、兵士たちの心が一つになった。

 これから、僅か五百に足らないルージ兵に、四千を超えるシュレーブ軍が襲いかかる凄惨な戦いになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ