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アガルススとナグマル1

「貸せっ」

 アガルススは傍らの兵士の旗を奪うように手にした。ルージ国を示す濃い青地にアガルススを現すやや曲線をした三角が白く染め抜かれていた。三角は狼の牙を象徴しており、さきの遠征以来使用している意匠である。この旗を掲げれば、ルージ軍だと言うことや、先陣がアガルススだと言うことが、相手に明瞭に分かるだろう。

 そして、この時、前方の陣に一斉に掲げられた旗の緋の色で、シュレーブ軍だと判別できる。

(やはり)

 アガルススはそう思った。前方の陣から矢が放たれ、アガルススが前方の陣に感じ取っていた殺気を裏付けたのである。接近するなと言う警告の矢ではなかった。明らかにアガルススを殺害しようと狙った矢だが、逸った射手が命令も待たずに射たものだろう。アガルススに届いても勢いの無い矢だった。アガルススは立ち止まり、ゆっくりと前方を見回した。

 この距離なら、アガルススの大声もシュレーブの陣に届く。彼は傍らにいた従卒の一人に命じた。

「お前は、急ぎ戻って、我らが王にお伝え申せ。前方にシュレーブ軍の陣。殺気あり。警戒されたし」

 続けてもう一人の従卒に命じた

「お前はイドポワの門まで戻り、我が隊を整えて陣を敷け」

「殿は?」

「あ奴らと話して参る」

 前方の軍はすぐさま突入してはてもおかしくはない距離である。ただ、今はアガルススか率いる隊がイドポワの門を抜けて陣を敷き、後続の王リダルに警戒する時間の余裕を作らねばならないのである。

 彼は旗を手にしたまま十数歩進み出た。

「ルージ国のアガルススである」

 アガルススは持ち前の大声を更に張り上げてゆっくりと名乗り、更に言葉を継いだ。

「旗より察するに、前に居られるは、シュレーブ国の面々か? エムスス殿、ナグマル殿、おおっ、ユキヌス殿も居られるか、その後ろに見え隠れするのはジソー王。我らに何の遺恨あってのことかは知らぬが、こそこそ隠れて居られないで、もっと前に、姿を見せなされ」

 アガルススはゆっくり時間をかけてそう言った。その時間が味方の戦の準備に費やす時間になる。そして、兵士の前で名を呼ばれ、臆病ぶりを笑われた者どもは、兵に突撃を命じる前に、アガルススに反論したくなるだろう。

 この時において、シュレーブ軍は戦機を逸した。すぐさま突撃すれば、戦の準備が整わず後方に逃げることもできないアガルススの部隊を容易に殲滅できたろう。しかし、様々な心の迷いが王ジソーに戦いを始める命令を出すことをとまどわせた。

 一瞬、停止した時間を打ち破るように、アガルススは手にした旗竿の先を、彼を囲むシュレーブ軍の左翼の陣に向けた。

「おおっ、そこに見えるのはナグマル殿の旗ではないか?」

 アガルススはシュレーブ軍の全ての兵に響き渡るように声を張り上げた。

「ナグマル殿。臆病の通り名を持つそなたのこと、恐ろしければ無理にとは言わぬが、一度、この儂と剣を交えては見ぬか?」

 「臆病」の通り名というのは挑発のためのデマである。ただ、アガルススはシュレーブ国に武勇のみ誇るナグマルという貴族が居るということは聞き知っていた。前方に翻る旗を見れば、噂の貴族が居るに違いない。静止していた戦況に動きが生じた。アガルススが指した陣の前衛の兵が左右に分かれて一人の男が進み出たのである。

「おおっ。一騎打ちの件、承知。我がナグマルぞ。アガルススよ、その老いぼれのへらず口、きけぬようにしてやる」

 進み出てきた男は右手の剣と左手の盾を打ち鳴らしながら、アガルススをそう威嚇した。

(ほぉっ)

 アガルススは彼の姿にやや感嘆のため息を漏らした。あの男とは初対面だが、名乗りを上げた以上、ナグマル本人に違いあるまい。彼が右腕に持った剣は、普通の兵士なら両腕で振り回す長さと重さがある。左腕の盾も肩から膝の辺りまである大きく重い。そして、何より、肩幅が広い体格は、そんな重量物を自在に振り回す腕力を誇示しているのである。




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