先陣 アガルスス
ルージ軍の先陣を努めるアガルススという男は、何事につけ、人の先頭に立たねば気が済まぬ男で、この行軍でも先頭に立って部隊を率いていた。
「おおっ」
アガルススが嬉しそうに声を上げたのは、今まで左右を閉ざされていた景色が、左手の方向に開けたからである。もちろん、その緩やかな斜面の奥に伏せられたフローイ軍の姿は見えない。彼は振り返って兵士に命じた。
「申し送りをせよ。今、アガルススがイドポワの門に到着したと」
兵士は忠実に命令を実行した。
「アガルスス殿が、イドポワの門に到着……」
「アガルスス殿が、イドポワの門に到着……」
そうやって、言葉が前の兵士から後ろの兵士へと伝わった。まだ、先の見えぬ行軍をしている兵士たちも、それを聞けば今日の目的地が間近だと元気を出すだろう。一時は視界が開けたとはいえ、イドポワの門で再び隘路になる。ここで一列縦隊を解くわけには行かず立ち止まるわけにも行かない。アガルススは前方に見える、イドポワの門と呼ばれる狭い出口に前進し続けた。
「戦いの女神もお赦しくださるか」
アガルススが小さくそうつぶやいて、狭く切り取られた天を仰いだのは、この空間に涼やかな風が吹き込み、彼の髪を撫でるように吹き抜けたからである。その優しさが、妻が彼の髪を撫でるときの記憶に重なった。
パトロエという戦の女神は嫉妬深い。アトランティスの将士にとって、戦前に女と交わるのは厳禁だった。ただ、アガルススは、今回のルージ国の出陣前夜、妻と床を共にした。若い頃のように肉体をむさぼるような性交をするには、互いに歳をとり過ぎている。一つの床で、妻は指で夫の髪を優しく梳き、唇を合わせて夫の愛情を記憶に残そうとした。夫は妻の肩から腰の辺りを撫でて、その体温と柔らかさを、これから続く殺伐とした戦の中の慰めにしようと記憶に刻んだ。
ただ、妻との記憶も一瞬のこと、この熟練した武人は、イドポワの門をくぐりつつ、今夜の宿営地を整えるのと同時に、周囲の様子を探らねばならないと考えていた。しかし、周囲を探るどころではなかった、前方に陣を敷く軍勢が見える。距離で言えば2フェスゲリア(約400メートル)を少し超える距離である。




