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待ち受ける者たち2

 食事に関して不平を言うことのないフローイ国王子グライスだが、さすがに、この朝の朝食のカンバクには眉をひそめて、苦笑いして不平をつぶやいた。

「早く、まともな食事がしたいものだ」

 イドポワの門の内側、東の緩斜面に布陣して三日になる。いつやってくるか分からない敵から兵を隠すために煙や臭いは厳禁である。布陣した兵士たちは温かい物を食べることはかなわず、この数日というもの、三度、三度、カンバクと呼ぶ携行食を水でふやかして食べているのである。

 フローイ国の王子グライスは、フローイ軍の一隊を率いてイドポワの門の中の東側の斜面に陣取っていた。もともと、この辺りも西側の崖と同じく切り立った崖だったという。王ボルススが幼い頃にアトランティスを襲った大地震でその崖が崩れたらしい。更に、その後の大雨で土砂や樹木が流され、一部がかなり緩やかな斜面になった。今はそこにまばらに新たな樹木が育っている。樹木の密度の荒い森だが、フローイ軍を隠すに十分だった。陣の前方には街道があるはずだが、グライスの陣からも街道は見えないのである。陣を離れて1ガルゲリア(約80メートル)ばかり前進してみると、まばらな樹木を通して、西側の壁面を背景に南北に長く続く街道が見下ろせた。

 その赤茶けた地の色をして、この街道は「赤い道」と称される。しかし、まもなく兵士たちの血を吸って、呪われた赤い道とでも呼ばれるようになるかも知れない。

 グライスその街道の北の方から駆けてきた商人姿の男が、街道を逸れてこの斜面を登ってきたのに気づいた。やがて男はグライスに気がついて服の中から首にかけていた札を取りだして掲げて見せた。ボルスス王が放った密偵の印である。グライスは黙ったまま頷いて通って良いと指示をした。この種の密偵が日に十数人は北からやってくる。街道の北の端のヴェスター国の都レニグの状況や、そこにいるルージ・ヴェスター両軍の動静を逐一伝えてくるのである。ただ、今グライスの傍らを通過した密偵は、今までのどの密偵より慌ただしい。やがて、グライスの元に王ボルススから自分の陣に来いという伝令がやってきた。いよいよ、戦いが始まるのだろう。


「おおっ。居ったか」

 グライスを呼びつけたはずのボルススが、この街道が見える位置に姿を見せてそう言った。この王は気まぐれで行動が早い。グライスを呼ぶ伝令を出した直後、自分が出向く方が都合が良いことに気づいたのだろう。事実、ボルススがグライスに語りかける言葉は目の前の光景を必要とした。街道を指さしてボルススは言った。

「昼を待たず、ルージ軍の前衛がここを通過する」

「いよいよ、やって来るのですね」

「前衛はアガルスス。先の遠征でも、リダルに付き従った猛将だ。続いて、リダルが直率する部隊、アゴース、バラスらが率いる部隊が続く。その後のヴェスター軍がここを通りかかるのは夕刻前になろう」

「私たちは、後から来るそのヴェスター軍を相手にするということですね」

 グライスの言葉にボルススは頷いた。グライスは気がかりなことを聞いた。姉リーミルの思い人のことである。

「それで、アトラスはどこに?」

「ああ、あの子狼なら、まだ海を渡っている頃だろうよ。第二陣を率いてくるそうだ」

 グライスはもう一つ聞きたいことがある。

「リダル王の密偵は、ここに伏せている我らに気づくことは無いでしょうか?」

 当然の疑問である。フローイ軍はルージ・ヴェスターの動向を探るための密偵を盛んに出している。戦いが間近なら、ルージ軍もまた密偵を放ったり、前方を偵察する小規模な部隊を出すだろう。

「まだ、奴らは蛮族の軍と戦う気でおるわい。この辺りには見向きもせず先を急ぐだろうよ」

 ボルススが言うのは、ルージ軍は密偵や偵察部隊を出さないというのである。そして、軍人なら、このような無防備な隊列を続けることを嫌う。目の前に渓谷の出口があるこの場所で留まって地形を調べることもすまいというのである。

「彼らが聖都シリャードを占領し、アトランティスに覇を唱えようとしているのは、まことですか?」

 これも当然感じる疑問だった。もし、彼らにそのような意図があるなら、シュレーブ国に入ったこの場所での戦いも想定してやってくるだろう。

「それは問うまい」

「なぜです?」

「我らフローイ国には、奴らを討つ大義名分がある。それだけで充分じゃわい」

 そのボルススの言葉に、孫のグライスはこの戦いの意味を悟った。神帝スーインを暗殺し、アトランティスを我が物にしようという反逆者どもを討つ戦いではなかった。フローイ国が勢力を広げる邪魔になる者どもを排除しようという戦いである。

 ボルススはグライスを武将としてではなく孫として接するように寄り添い、その肩を抱いた。リーミルに劣ると考えていたこの孫が、意外に知恵が回ることに気づいたのである。更にボルススを喜ばせたのは、孫から伝わる震えに、戦いの決意や緊張は感じ取れても、怯えはなかったことである。

 これからやってくる敵はもちろん、イドポワの門の外に布陣するシュレーブ軍も、この辺りからは視界に入らない。そのシュレーブ軍の陣営で、これからの戦いの様相を左右する小さな綻びが生じ始めていた。


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