ルフエラスの計略
二日後、ルフエラスは領主の館に戻っていた。
「ずいぶん、慌ただしいお戻りですな」
同行していたクレアドスが皮肉ともつかぬ事を言った。行くのに五日かけたが、帰りは二日だったということである。ただ、旅の途中姿を消していたルフエラスの部下が再び姿を見せていた。ルージ軍に対抗するためには、隣接する領地の領主たちの協力も不可欠で、おおかたそんな領主の元に遣わされていたのだろうと推察がついた。その領主たちの動向を探るのに余分な日数を消費したと言うことだろう。しかし、クレアドスの見るところ、ルフエラスはパロドトスに敵対する気配は見せなかった。
ルフエラスに残された時間は少ない。シュレーブ国王ジソーに掛け合ってこのシフグナにルージ軍と拮抗できる兵を集めねばならない。ルフエラスはシフグナの防衛に当たって重臣たちの意見も聞きたいと称してパロドトスにこの領地の主立った者たちの招集を求めた。パロドトスやその二人の息子はもちろん、ルフエラスが接触したレサンクロスとロスアナスを初めとする重臣が顔をそろえ、彼女の意志を表すように鎧を着用したパレサネの姿も見えた。
パロドトス以下、主だった者たちを前に、ルフエラスは衝撃的なことを言った。
「王ジソーは、シフグナの地の忠誠に疑問をお持ちです。」
シフグナの地と称したが、言うまでもなく領主パロドトスの忠誠心を疑っているというのである。パロドトスは怒りを見せて反論した。ただし、どす黒く粘る陰謀の中で生きてきたこの男のこと、その怒りがどこまで本心かは分からない。
「我が忠誠は一点の濁りもなく澄み切っておる。何をもって我が忠誠をお疑いだと言われるのか」
「そもそも、同盟国だったフローイ国に混乱を引き起こし、今の状況をもたらしたのは、シフグナではないのか」
ルフエラスは六神司院の使いだけに、シュレーブ国内を通過するフローイ軍を討ち果たした経緯をよく知っているはずだ。ただし、王ジソーの許可も得ずにしでかしたことで、パロドトスは六神司院と結託してフローイ国王を殺害したことを認めにくい。パロドトスは口ごもった。
「それは、」
パロドトスが言い訳を考える間もなく、ルフエラスは次の疑惑を口にした。
「そして、ルージ軍はシフグナが起こした混乱につけ込んでフローイ国に攻め込んだ。なぜ、シフグナは敵のルージに利するような事をしたのか。シフグナは裏で敵と通じておったのではないか」
広間に集まる重臣たちは、ルフエラスの言葉に追い詰められて、取り乱してゆくパロドトスを驚きで眺めていた。底知れぬ悪意と陰謀の固まりを、人の良い笑顔で分厚く隠している男の内面がさらけ出されるのを見るのは初めてだった。
(相変わらず、弁舌の立つ男だ)
レサンクロスはルフエラスを眺めてそう思った。パロドトスを混乱させつつ、パレサネをジソーの元へ送る。そういう手順がルフエラスの中にできあがっているのだろう。ルフエラスの考え通り、パロドトスはパレサネを王都へ送る決心をするはずだ。
ルフエラスの言葉に、パロドトスはようやく短い返答を口にした。
「まさか。ありえぬ」
「フローイ国内が混乱するや否や、シフグナは王に無断で兵を出してルウオの砦を攻め取った。領土の野心があったのではないか」
ルフエラスは、徐々に、しかし確実にパロドトスを追い詰めてゆくさまを重臣たちは驚きで見守っており、パレサネは冷ややかな笑みを浮かべてそっぽ向いていた。パロドトスは心の乱れを隠すことも出来ないまま言った。
「それは、すでに我らが王に報告済みの事。王にフローイ国の地を献上しようとした次第」
うろたえるパロドトスを尻目に、厳しい追及を続けていたルフエラスは、突然に顔をほころばせて、今まではただの冗談だと言わんばかりに肩をすくめた。
「と、まあ。王がシフグナの地の忠誠を疑う理由は幾つもあってな。その疑いを晴らす必要があるということでございますよ。パロドトス殿」
パロドトスは安堵のため息をついた。そこにはもう本心を取り繕う余裕はなかった。
「では、どうすればよい」
「いかがか? パレサネ様を王都へ見聞に遣わし、王ジソーの庇護の元においては」
見聞に遣わし、ジソーの庇護の元に置くというのは、実質上の人質である。パロドトスはもともと国を差し出すという大胆なことをしたため、忠誠を誓う人質は出したことがない。しかし、シフグナの周囲の領地では領主が領地の安堵の為に、ジソーへ王都の見聞の名目で人質を出している。
領地を簒奪し終えたパロドトスにとって、パレサネは用済みである。その女を人質として利用して領地の安堵がはかれるならそれに越したことはない。かれがそう考える機会をはかっていたかのようにルフエラスは念を押した。
「王ジソーは自らを頼ってくる人物を大事にするお方。かくいう私も、そうだった。ジソー王には懇意にしていただいているばかりか、多額の扶持まで頂戴している」
パロドトスは顎をしゃくってパレサネを示して言った。
「つまり、アレをジソー王への人質として差し出せと言われるか」
「王がシフグナが忠誠を尽くし守るべき価値があると考えるなら、増援の兵を出して下さるでしょう。しかし、忠誠が疑われているならシフグナ討伐の兵が送られてきて、この地はパロドトス殿から取り上げられ、シュレーブ王家の直轄地となりましょう」
「しかし、我らシフグナの兵は二百を少し越える程度。敵は五千とも言う大軍で、戦の勢いもある。僅かな増援では杯の水を大火に注ぐのも同然。敵を上回る増援など得られましょうや」
パロドトスの次男クレアドスは敵を五千と言う。もちろん大きく水増しして、大きな増援を得る理由である。ルフエラスは問うた。
「では、いかがされる?」
ルフエラスの疑問にクレアドスは答えられず、パロドトスが言った。
「機を見て我が兵を、王都へ下げることも考えねばならぬ」
「それではこの地を敵に明け渡すことになる」
ルフエラスの反論にパロドトスが言った。
「左様。そして、兵を整え、大軍をもって、この地を奪い返すことも肝要かと」
「しかし、民はいかがされる? すべての民を王都へ移動させることなど出来ますまい。民を捨てて敵の攻撃に晒すおつもりか」
「やむを得まい。敵も、兵でなければ手出しはすまいよ」
「しかし、シフグナにはフローイ国との長年の確執と憎しみがある。敵の侵攻を民が黙って受け入れましょうや」
ルフエラスの言葉に重臣たちは頷いた。シフグナは長年に渡りフローイ国と争い、家族を戦で失った民も多い。シフグナの民は、仇敵フローイへの嫌悪と憎しみに染まっている。それはフローイ国も同じだろう。フローイ軍が侵攻してくれば、幾つもの小競り合いが起き、積み重なった憎しみはそれを拡大させかねない。
重臣たちの重い沈黙を打ち破るように、パロドトスは決断を下して言った。
「大事なことは、我らが生き延びてこの地を治め続けること。もし、敵の動きを待って、我らが不利な状況ならば、我らは軍を王都へ移す」
パロドトスは自分が危険に晒されるようなら、この地と民を見捨てるというのである。
ここまで、沈黙を守り人々の話をに耳を傾けていたパレサネが突然に口を開いた。
「先祖代々守り継いだこの地を離れるというなら、パロドトス殿、貴方が王都へ行き、ジソーの奴めに媚びて人質になるがいい」
パレサネの言葉にパロドトスは息をのんだ。パレサネは断言した。
「私はシフグナ国の王女パレサネ。私は、ここに留まり、この地と民を守らねばなりません」
今まで失望感が漂う視線でパレサネを眺めていたロスアナスの表情が、驚きと喜びに変わった。ロスアナスだけではなかった。レサンクロスを始め旧臣たちの目に希望の光が見えた。自分の意志を押さえてきた彼女が、仕えるべき価値のある人物だったということである。
利に聡いパロドトスは、広間を見渡して、その雰囲気を感じ取った。重臣たちの支持がパロドトスを離れ、パレサネに信頼が集まっている。パロドトスは慌てて言い添えた。
「いや、王都に移るというても、負け戦が決まってからの話」
しかし、もはや重臣たちの信頼の相手は変わらなかった。
パレサネを王都に保護する。ルフエラスのその計画は足下から崩れ去った。ただ、重臣たちの姿を見れば嬉しい誤算であったとも言える。この国はパレサネの元に一つにまとまりかけていた。
しかし、今はパレサネがこの地に留まるとなれば、一刻の猶予もなかった。もし、ルージ軍が気分を変えて関所の兵千名で攻めてくれば、ここはあっという間に蹂躙される。早く増援の兵を手配しなくてはならない。
この時、侍従が姿を現して意外な来客の到着を告げた。パロドトスを始め、この広間に集っていた人々はその意外さに息をのんだ。ルージ軍からの使者だという。
関所に物資を蓄えてパロドトスの館を経て王都へ攻め入る。そう思い描いていたアトラスもまた、想定外の状況に直面していた。




