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運命の誤解

 領主の館から一日の距離に三日をかけて、ルフエラスはルージ軍が占領した国境の関所を見下ろせる高台にいた。敵の顔立ちまで判別するのは無理だが、敵兵の数はもちろん、柵を設置する者、壕を掘る者、馬に飼い葉をやる者など、敵の動きが逐一判別できる場所である。しかも、こちらは木々に覆われて姿を敵に晒すこともない。

「いまの敵兵は一千に満たぬと報告を得ています。しかし、それですら、我がシフグナの兵二百では関所を取り返す事は出来ませぬ」

 クレアドスの言葉にルフエラスは黙って頷いた。本来、彼らが居る関所を見渡せる高台など、見張り小屋などを置いて警戒しなければならないはずだが、今の敵にその余力はないらしい。奪った関所の防御を固めるためだけに忙しい様子が見て取れる。

 興味深いのは、馬の数の多さだった、ざっと数えても四百頭近くはいる。ルフエラスはこれほど多くの馬をまとめて眺めたのは初めてだった。

「兵の移動に、あの馬を使ったのか」

 ルフエラスがそう言い、クレアドスがうなずいて言った。

「ルージと言えば名馬の産地。奴らは馬を扱い慣れております」

 フローイ国の砦や町が次々におとされた噂は聞いていたし、国境の関所も守りを固める間もなく襲われたという。その秘密がルフエラスの目の前にあった。ただ、興味深い、敵兵たちは馬が雨に濡れて体を冷やさないよう、自らの寝具となる毛布で簡易式の天幕をしつらえ、馬たちはその下で白い息を吐いていた。兵士たちは濡れながら柵や壕を作り、馬は濡れずに過ごしているというのはルフエラスたちには滑稽に思えた。

 関所の外周に沿って目を移してその広さを推し量ったルフエラスは言った。

「アレなら、三千の兵も収容できるだろう」

 元は街道を往来する人々を監視するための関所だが、頑丈な柵が設置され、その外には浅いが飛び越えることが出来ないほど幅の広い壕が掘られて防御を固めていた。降り続く雨に壕は濁った水で満たされて底が見えないが、幾本もの杭が打たれ、綱が張り巡らせて壕を渡ろうとする者の足を留めるだろう。敵は短時間で完璧に仕事を仕上げ、関所を砦へと変貌させていた。

「フローイ軍はどこに?」

 ルフエラスの疑問はもっともだった。雨に濡れた旗は黒ずんで見えるが、どの旗にも青さが見て取れる。ルージ軍の青紫の旗ばかりでフローイ軍を示す緑の旗がない。フローイ国がルージ国と講和したと言う。しかし理由は分からないが、この砦にいる者はルージ軍のみである。

「それにしても、アトラスと申す男はおらぬのか」

 一度見たいと思った男だが、噂の片腕の若者を砦の中に見つけることは出来なかった。


 そのアトラスは関所への補給の目処をつけてルウオの砦に戻っていた。アトラスが自戒を込めて学んだことがある。ルウオの砦が落ちるや否や兵を率いてシフグナの関所を襲った。守りを固める間もなかった関所は信じられないほど簡単に落ちた。ただ、それはルージ軍にとっても急な話で、携行していたものは剣と盾、僅かな矢と数日分の携行食でしかなかった。

 関所を占領したものの勝利の喜びを感じる間もなく、戦いで尽きた矢と折れた剣に不安を感じ、乏しい食糧に飢え、降り始めた雨に天幕も持たず濡れた身を凍えさせるしかなかった。もし、その隙を敵に突かれて反撃されていたら苦戦は必至だったろう。サレノスらそう言う状況を幾度も乗り越えてきた将にとって、アトラスの決断力と実行力、得られた戦果は賞賛すべき価値はあったが、戦経験の浅いアトラス自身は一抹の後悔を感じる戦果だった。


 しかし、関所を眺めたルフエラスはそんな状況を知るよしもなく、目の前の状況を読み解いていた。敵がこれから始まる長い戦を支える物資を蓄え、訓練を積んだ兵士を集め、本格的な戦を始めることが出来るようになるまで、あと三十日ほどか。

 今は、大国シュレーブ国の領地という立場を生かして、シュレーブ軍の力を利用しながらルージ軍の侵攻を防ぎ、この地を守った後に独立させねばならない。きわどい算段だがルフエラスの心の中に、おぼろげながらに今は滅んだシフグナ国の姿が見えていた。

 

 ただ、歴史は人間の様々な誤解と失態の集大成であるという。この瞬間、歴史を動かすの中心人物といえる、ルフエラスとジソー、そして敵将アトラスは、それぞれの思いを胸に秘めている。しかし、そのどの人物も自分の運命を左右する誤解に気づいては居なかった。

 二日後、ルフエラスはパロドトスの館で、己の誤解と向き合うことになる。

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