ルフエラスの姦計
「旧知の者に会う」
ルフエラスはそう言い置いて、領主の館から退去した。ここの所、降ったり止んだりする小雨の中。彼はシフグナで政務を取り仕切るロスアナスの館を経て、軍務を取り仕切るレサンクロスの邸宅を訪れていた。共に旧知の間柄だが、ロスアナスにとってもレサンクロスにとっても歓迎出来る相手ではなかった。
レサンクロスは邸宅の門前で人目に付くことをはばかるようにルフエラスを邸宅に招き入れた。客人に飲み物を準備するかと問う下僕に、その必要はないといい聞かせて下がらせた。暖かな飲み物を提供すべき客ではなかった。しかし、凍えかける客を客間の暖炉の前に誘って声を潜めて聞いた。
「何の用だ? 旧知の友人に会いに来たとは言うてくれるな。今の私の立場もあるでな」
今の私の立場。その言葉が二人の関係を象徴している。過去に王の遺児を保護して逃がそうとして失敗した男と、王位簒奪を知りつつパロドトスに忠誠を示して生きてきた男である。ルフエラスは肩をすくめて今の自分の境遇を語った。
「心を許した同僚も、二十年も故郷を離れれば、冷たいものだ。ロスアナスも同じ事を申していた」
「妻を失い、子供もなかったそなたと違い、私はこの地を離れる事も出来ず、ここで辛苦の日々を過ごしていたのだ」
「パレサネ様を踏み台にしてか?」
「言うな。今までパレサネ様をお守りしてきたのは、国を捨てたお前ではあるまい」
「すまぬ。言い過ぎた」
「しかし、今頃、何の用だ?」
「シフグナ国を再興し、パレサネ様に王座に就いていただく……、というのはどうか?」
「今更、そんな誘いに乗る私だと思うか」
レサンクロスはルフエラスの提案を一笑に付した。遙か昔、フローイ国やシュレーブ国とも剣を交わした誇りも残っている。しかし、フローイ国がアトランティスの北西で勢力を伸ばし、シュレーブ国が中原を支配する今、シフグナはその二つの国の間で翻弄される小領地に過ぎない。独立と言うが直ぐに踏みつぶされるのがおちだろう。それならばシュレーブ国の一領地として生きる方が良かろう。
そう判断するレサンクロスに、ルフエラスは別の言い方をした。
「そなたが誘いに乗るかどうかではない。私を邸宅に迎え入れたことを、パロドトスがどう考えるかだろう」
「まさか」
「パロドトスは用心深い男だ。私に尾行を付けている。今頃はその尾行がパロドトスに事態を注進に走っている頃だろうよ」
「悪党が。何を企んでいるか知らぬが、私を巻き込むつもりか」
「もう一度、シフグナの国を取り戻す」
「そんな事が?」
「私はただでは動かぬよ。使いをする条件に、六神司院の密命を得ている」
「しかし、それはパロドトスのみならず、シュレーブ国への反旗を翻すことになろう」
レサンクロスが言うのももっともだった。シュレーブ国に国を差し出してその地を安堵され、フローイ国から守ってもらっていた。今は一領地に過ぎないシフグナが独立すると言えばシュレーブ国に対する謀反とも言える。
「六神司院の後ろ盾があれば文句は言えまい」
「しかし、事が露見すればパレサネ様に累が及ぶ」
「その事だ。まずパレサネ様をジソーの庇護の元へ移す」
「これから裏切る相手を利用するというのか」
「ジソーの庇護なら、パロドトスも文句は言えまい。ましてやジソーの増援が是非とも欲しいこの時期だ」
レサンクロスはルフエラスの企みを理解した。今は養女という名目でパロドトスの妾の扱いを受けているパレサネをこの地から解放し、安全な場所に保護する。その後、旧臣が結託してパロドトスを追い、領主が不在になったシフグナへパレサネを呼び戻す。その後、六神司院の後ろ盾を得てシフグナを独立国に戻す。そう言う算段である。
「どうだ?」
レサンクロスはルフエラスの問いに直接答えず、この領地で政務の実務を預かる男の状況を問うた。
「ロスアナスはどう申していた?」
「パレサネ様のご器量次第だと……」
「確かに、そうだな」
パレサネも未だ若く国を統治した経験はない。しかし、それは家臣が支えればいい。問題はパレサネ自身がパロドトスに代わってこの地を治める意志があるかどうかである。
「パレサネ様のご意向はどうする。問うてみるか?」
「いや。まだ、パレサネ様には話せぬ」
「何故?」
「関所の敵の様子を見ねば、いつパレサネ様を立てて蜂起すべきか、判断がつかぬ」
「なるほど、蜂起するまでは、パレサネ様は我らが陰謀とは無関係でいられるということか」
レサンクロスの言葉にルフエラスは黙って頷き、用は済んだと言わんばかりに背を向けた。その客人を門まで見送るように、レサンクロスもその背後に寄り添い言った。
「しかし、私の家族だけではない。部下の命もかかっていることを忘れてくれるな」
この領地の軍政を預かる者として数百の兵士をも陰謀に荷担させる危険を負わせることになるという。ルフエラスは分かっていると言いたげに笑顔を浮かべた。
「なるほど。では……」
彼はレサンクロスを笑顔で眺め、空に向かって罵りの言葉を吐いた。
「せっかく尋ねてきたのに、この仕打ちか。私の申し入れを聞けぬとは、なんと嘆かわしい。なんとおろか者だ。よいわい。自分で出て行く。もうお前の顔など見とおないわい」
レサンクロスは彼の意図を察して肩をすくめた。ルフエラスの罵声は館の敷地に響き渡るだけではなく、館の外で耳を澄ましているパロドトスの密偵の耳にも届いているだろう。密偵はレサンクロスのパロドトスへの忠誠が揺るぎないと報告するに違いない。
ルフエラスはレサンクロスの手を固く握り、それから、門の扉を荒々しく開いて館を去った。見上げれば、雨が再び強く降り始めていた。この季節、冬の終わりを告げる雨だが、この年は雨が長く続き、凍える寒さを持っていた。
(どんな若者か)
彼はこれから敵になるに違いないアトラスを思い浮かべていた。明日、ここを発って国境の関所に向かう。旅が順調にいけば二日後に片腕の王の姿を眺める機会もあるだろう。




