忠臣ルフエラス
ルフエラスは領主の館でパロドトスに形式通りに面会を求めた。仇敵とも言える相手に大胆すぎる行為とも言えた。彼は領主パロドトスの侍従に導かれて、かつて知った館の廊下を歩いていた。ただし、名は名乗らず六神司院の遣いと称している。屋外と館を遮る分厚い壁に小さな明かり取りの窓がある。
ルフエラスは前方から誰かが歩いてくるのに気づいた。明かり取りの窓がその人物の斜め背後にあって、人物の表情を読み取ることは出来ない。ただその人物の苛立ちを示すかのような荒々しい足取りに、ルフエラスはその人物が華奢な男かと思った。
しかし、ルフエラスはその人物の顔立ちが見える位置まで接近したときに、息をのんで立ち止まった。
(ヒクサネ様)
彼が口にしかけ、危うく飲み込んだのは、シフグナ国王妃の名である。それほど、今のパレサネは、今は亡き母の面立ちを受け継いでいた。ルフエラスは目の前の人物の正体を悟り、臣下の礼を取るように胸に手を当てて一礼した。パレサネは記憶にない男に興味はないらしく、ただ腹立たしげに立ち去った。
この館は元はシフグナ国王の館であり、昔はその一番奥まった広間に王座があった。今はそこにパロドトスが領主として居る。パロドトスは儀礼に従って領主の席を離れ、上座に客を迎えようとした。六神司院の使いとなれば、シュレーブ国王ジソーでさえ敬意を尽くして迎える。今のパロドトスはシュレーブ国の領地の一つシフグナを預かる領主に過ぎないのである。
そのパロドトスが六神司院の使いの顔を見るや否や、驚きの声を上げた。
「おおっ、そなたは」
ルフエラスは感情を交えず挨拶の言葉を短く口にした。
「お久しゅうございますな」
互いの腹を探り合う一呼吸を置いて、パロドトスが口を開いた。
「それで、今日は六神司院直々に何のご用か?」
「ジソー王が砦の守りを疎かにし、貴殿がせっかく手にした西のルウオの砦を奪われたとか」
「おおっ。その事か。今は我らも心を痛めて居る。シフグナの地をフローイとルージの田舎者に荒らされては、シュレーブ国の王都まで危険に晒される。私は王に忠誠を尽くし、この地を守りきらねばならぬ」
ルフエラスはパロドトスの忠誠の言葉を聞き流して言った。
「その事です。最高神官も心を痛めて、私をこの地へ使わされました」
「それはいかなる事か?」
「私の目で状況を確認し、必要な増援を出すよう、王都のジソー王に六神司院から、申し入れるよう計らいましょう」
「しかし、王は南から攻めるグラト国にも頭を痛めておられる。シュレーブ国がアトランティス第一の強国とはいえ兵が不足」
「兵が足りぬ時には、六神司院から、ゲルト国やラルト国にも応援の兵を出すよう進言いたします」
「なるほど」
「では、私は明日、ルージに奪われたという関所の検分に参りたいと存じます」
用件は済んだと言いたげに一礼して部屋を立ち去ろうとするルフエラスの背に、パロドトスは親切な言葉をかけた。
「では、今夜はこの館の一角に寝所を設けさせよう。今夜は宴席も準備してある。くつろいでくだされ」
ルフエラスはふと立ち止まり、振り返って言った。
「六神司院の使いなど仮の身分。もてなしは遠慮いたしましょう。ただし、寝所をお借りさせていただけるなら、昔の私の部屋を」
ルフエラスの姿を部屋の入り口に見送って、パロドトスは侍従に手招きをして、六神司院の客人を監視させるよう命じた。
パロドトスの両側に控えて成り行きを眺めていた息子たちが首を傾げていた。昔、この館に住んでいたこともあるという男。ラムドスが尋ねた。
「何者だい? あいつは」
パロドトスはやや考えて言った。
「ルフエラス。先代の王の忠臣。古今の儀礼や歴史に長け、今は王ジソーの食客として王都にいるとか」
ラムドスとクレアドスは父の言葉の意味を察した。過去に彼らの父は、先代の王の遺児パレサネを養女にするという形でシフグナの地を簒奪した。しかし、それは周囲の家臣から支持されることはないだろう。その不安定な王座を守るため、シュレーブ国にシフグナ国を捧げて、その領主として地位を守った。あのルフエラスというのは、その折にパロドトスと敵対した男なのだろう。
クレアドスは含み笑いをして言った。
「奴は国境の関所を見に行くとか」
「おおっ。ルージの田舎者めらを自分の目で眺めたいと言うておったな」
長兄ラムドスが単純明快に言い切った。
「奴が邪魔なら、砦に接近しすぎてルージ兵に捉えられて殺されたと称して始末してしまえば良いではありませぬか」
「馬鹿め。奴が何故おおっぴらに姿を現したと思うておる。六神司院の使いと称する者が我が領地で不審な死を遂げれば、我らが六神司院とジソーの不興を買う」
「ではどうすればいい?」
長兄ラムドスの問いに弟のクレアドスが答えた。
「私が案内役に就くと言えば、奴には断る理由はございますまい」
「なるほど。奴につかず離れず、一挙一動が分かるというのだな」
パロドトスの言葉にクレアドスは頷き、父は短く同意した。
「では、そうせよ」




