ゴルススの武と知と運命
「戦闘準備っ」
サレノスが短く命じた。状況は分からないが戦うべき時だろう。もし、ゴルススが攻撃をかけているなら、こちらからも支援してやらねばならない。砦の中で叛乱が起きて同士討ちをしているなら、その混乱に乗じて砦を奪う。ルージ軍にとってそのどちらかである。
サレノスの命令は口伝えに広がり、一瞬にしてルージ軍の陣も慌ただしい気配に満ちた。サレノスが命令を待ってアトラスの顔を見つめたため、アトラスはその意を察して短く言った。
「騎馬以外の兵の進退は任せる」
戦の流れは経験豊かなサレノスが作れというのである。アトラスは愛馬アレスケイアに跨り、近習のテウススとスタラススもアトラスに続くべく、それぞれ馬に跨った。振り返ればアトラスに続き騎馬の兵は約三百。砦の門が開くのと同時に突入する手はずである。
この時代のアトランティスの兵科は未熟で、後世の軍隊のように、騎馬隊、歩兵、弓隊のように異なる部隊をは珍しい。財政豊かなシュレーブ国が弓専用の部隊を持っていたり、フローイ国攻略の目的で偶然に創設されたルージ国の騎馬部隊程度のものである。
ただ、サレノスは歩兵を分けて、砦攻略の役割を与えていた。
「弓兵。準備」
味方の援護射撃をする目的を与えられた兵が弓を構えた。サレノスは次の命令を下した。
「梯子隊、突撃せよ」
長い梯子を八名の兵で下げ、自分と梯子の兵を降り注ぐ敵の矢から守るための別の八名の兵が大きな盾を頭上に掲げて、梯子の兵に付き従って砦の塀へ駆け出した。突撃した梯子隊は七組。最初に攻撃をかけるあの七組の兵が最も大きな被害を被るだろう。あの勇敢な七組の兵たちを援護するため、砦の櫓にいる敵の弓兵に攻撃をかけねばならない
「弓兵。前進」
サレノスはそう命じつつ、彼自身も歩を進めた。櫓に敵兵が弓を構えて出てくれば、命じるべき矢を放てととう命令が出せない。塀の向こうの争乱の高まりと共に、敵の見張りは櫓から姿を消し、姿を見せるべき敵の弓兵は、一向に姿を見せないのである。
梯子隊の兵たちが砦にたどり着き、塀に梯子をかけようとするときに、櫓に一人の男が姿を見せて旗を振った。ルージ国を示す青紫の旗である。しかし、その男はシュレーブ風の鎧を身につけていて、その姿は敵である。
(降伏するというか)
ルージ軍に戸惑いが広がる中で、今度はルージ軍を誘うように砦の前面の扉が大きく開いた。馬上のアトラスはサレノスと顔を見合わせた。
(突入すべきか)
互いにそう問うたのである。
「我らが王よ。敵の誘いの手かもしれませぬ」
砦の中に奸計を忍ばせて誘い込もうとしているのかも知れぬ故、慎重にと言うサレノスに、アトラスは既に剣を抜いて背後を振り返って命じていた。
「ルージの強者ども。わが騎馬兵よ。私に続けっ」
そして、浮かべた笑顔をサレノスに向けて言った。
「サレノスよ。あれはギリシャの言葉だ」
怒号や剣を交わす物音に紛れている。しかし櫓で旗を振る兵が叫ぶ言葉を聞き取ってみれば、その意味は理解出来ないが、ギリシャ人の言葉である。この状況でギリシャの言葉を聞くとすれば、ゴルスス配下の兵に違いない。
「突撃ぃーーー」
アトラスは右手に剣の束と手綱を握り、愛馬の腹を蹴って前進を促した。サレノスも配下の兵士に突撃を命じた。ゴルススが生きているらしいと言う予感に、サレノスは戦の女神に感謝を捧げていた。
数百の兵は失うかも知れないと覚悟していた戦いだったが、終わってみればあっけなかった。アトラスたちルージ軍が正面から雪崩れ込んだとき、ギリシャ兵たちはあらかた仕事を終えていた。砦には百近いシュレーブ兵の死体が転がり、百の負傷者と捕虜を得た。
アトラスとサレノスは、彼らを笑顔で出迎えたゴルススと再会した。
「なんだその格好は」
ゴルススの生存を喜び、その肩を叩きながらも、サレノスは首を傾げた。ゴルススはシュレーブ風の甲冑を身につけていたのである。
「ルウオの砦から出て行くシュレーブ軍の一隊を襲い。その甲冑を奪いました」
「なるほど」
サレノスは納得した。奪った甲冑を着用し、シュレーブ軍の旗を掲げて砦に乗り込んで暴れたと言うことだろう。
「しかし、何故、そのようなことを?」
アトラスの質問にゴルスス自身も
「よく分かりませぬ。私は敵の隙に乗じただけ」
「よく分からぬとは?」
サレノスの問いかけにゴルススは心を整理するように言葉を選んで、記憶をたどった。
「最初に夜襲をかけようと、敵の隙を伺っておりましたところ、なにやら東の方より緊急の使者が砦に駆け込むのが見えました。更に様子をうかがっておりますと、百名ばかりの兵が砦を離れて東へ移動してゆきました。更に何度か使者が参り、その都度、五十、また五十と兵が移動してゆきました。砦の守備兵が少なくなるのはこちらに好都合。その内にシュレーブ兵に化けて砦に侵入する方法を思いつき、砦から見えぬ位置で移動するシュレーブ兵五十を襲って甲冑を手に入れました。後はごらんの通りです」
「なるほど」
サレノスは息子の成長ぶりを見守る父の口調でそう頷いた。ゴルススに与えられた任務は戦って敵を殲滅することではなく、砦を占領することである。彼は与えられた任務を、状況に応じて臨機応変に処理したということである。
「しかし、そのシュレーブ兵はどこへ?」
アトラスの疑問に、オウガヌが言った。
「この街道の出口の向こうに、シフグナの地に砦を兼ねた関所があるとのことです。そこへ兵を移したのでは?」
スタラススも同意した。
「そうだ。そうに違いない」
王都の王の間に掲げられていた地図で、彼らは地理を知っていた。このルウオの砦を越えて東に向かえば、シュレーブ国の王都にも続く。その街道の国境を越えた辺りから南北に延びる街道が合流する。この一体はシフグナの地で、街道の合流点の少し東にシフグナの地の関所がある。もとは独立国だったシフグナが、侵入するフローイ国と戦うときの前線の砦でもあった。
山岳地帯の隘路の出口、南北の街道の合流点に設けるべき関所が、本来あるべき位置から東へ離れているのは過去の戦術上の理由だった。フローイ国の将セイディスは老将たちから聞いたことがある。砦を奪おうと攻め寄せたとき、南北の街道から駆けつけた敵の増援に背後を突かれて苦戦したというのである。
ただ、今回の場合、山岳地帯の隘路の出口から、シフグナの関所まで距離があるという条件はゴルススらに利した。ゴルススらギリシャ人部隊はその隙間を通ってルウオの砦の背後を突いていたのである。
ただ、サレノスたち歴戦の将にとって、フローイ国からの侵攻を防ぐためにルウオの砦のような強固な砦を有しながら、その防御を疎かにして、後方のシフグナの関所に移す理由はなかった。
「いや、シフグナの地のもっと東で、何か異変があったのだろう。兵の移動はそのため」
サレノスの言葉にスタラススが聞いた。
「何かの異変とは、例えば、グラト国のトロニス王がシュレーブ攻略を始めたと言うことでしょうか」
サレノスは首を横に振った。
「それは分からぬ。分からぬが、兵の行く先はシフグナの関所では無かろうよ」
アトラスが、ふと思いついたようにサレノスを眺めて言った。
「サレノスよ」
「何か?」
「今なら、シュレーブ国の扉は開いて居るのも同然。そして、わが騎馬兵はまだ戦い足りぬと不満げだ」
既に愛馬に跨ろうとしているアトラスの意図を察して、サレノスも頷き、兵に命令を発した。
「ルージ軍の勇者どもよ。愛馬に跨り、我らが王に続け」
アトラスは愛馬アレスケイアの背の上から、ゴルススに命令の雨を降らせた。
「ゴルススよ、そなたの手柄話は、次の砦を落としてから聞く。この砦の備えを万全にせよ。王都へ、アトラスはシュレーブ国の入り口を開けに行ったと伝えよ」
国境の西のルウオの砦を墜としても、もう一つ、国境の東にシュレーブ国のシフグナの関所が進撃の難関として控えている。フローイ国の過去の経験でも関所の攻略に苦戦し、大きな被害を被っている。
しかし、この時、シュレーブ国がルウオの砦にこの程度の兵数しか置いていないなら、シフグナの地の兵は遙かに少ないはず。アトラスは騎馬の兵で一気にそれを襲い、奪取するというのである。
(おおっ、まさしくリダル様のお血筋)
テウススとスタラススが顔を見合わせてそう喜んだ。自信を失い元気の無かったアトラスは姿を潜め、今のアトラスの積極果敢さは、牙狼王と呼ばれて武勇が鳴り響いたリダルの息子に違いなかった。




