フローイ国出陣1
フローイ国にも出陣の時期が迫っているはずである。事実、古い都のランロイに引き込んでいたはずの王ボルススやリーミルは、再びこのカイーキに姿を見せていた。参集しろと命じた各地の領主が率いた兵が都に集まり、シュレーブの都には及ばないものの、優美で美しい雰囲気を漂わせていたこの都に荒々しさが吹き込んでいた。
ただ、意外なことに、王宮の中はフローイ国の人々らしい、気さくな雰囲気があふれ、いつもの生活が続いていた。ただ、ボルススの眉をひそめさせたのは、夕食の席での孫のグライスと新婦フェミナの雰囲気にも進展が見られないことだったろう。二人の間には結婚式以来、変わらないぎごちなさがあった。
この時期、遅い日没も過ぎ、下僕たちが館のあちこちに明かりを灯し終わった頃、王ボルススは孫のグライスを部屋に呼んだ。グライスはフェミナとの関係を問われるのかと考えたがそうではなかった。家族の話を語るには不釣り合いな謀臣マッドケウスの姿が、王の傍らに確認できたのである。
マッドケウスは面白そうに言った。
「シュレーブもずいぶん焦っておる様子」
彼が手にしているのは、樹皮に記載したシュレーブ国王からの書状である。
「しつこく使者を使わしおって。ジソーもよほど慌てておるのであろうよ」
確かに、フローイ軍の出陣を督促する使者が繰り返し来ている。三回は出陣が遅れていることに、様々な理由を伝えて追い返した。今は、四回目の使者がこの王都にいる。グライスは問うた。
「それで、出陣はいつになさるのですか」
「知れたこと。我らの軍備は整った」
王ボルススはそう断言し、傍らのマッドケウスに命じた
「三日後に出陣する。シュレーブの使者にはそう伝えよ」
マッドケウスは王の命を伝えるためだろう、慇懃に一礼をし、部屋から姿を消した。王ボルススはグライスの考えを聞くまでもなく、出陣する腹づもりだったのだろう。
(それなら、自分が呼ばれた理由は?)
しかし、ふと首を傾げかけたグライスは、祖父の人のよい笑顔を見て気づいた。国の命運を左右する決断をする。その経験を共有させるのが祖父が孫に施した教育らしかった。部屋に残されたのは、王と孫の二人のはずだが、意外なところから二人に声が響いた。
「三日後? では本当の出陣は明日?」
執務室のカーテンの陰から顔だけ覗かせたのはリーミルである。カーテンの陰で祖父の話を立ち聞きしていた彼女は甘えるように笑顔で言った。
「お爺さま……」
ボルスス王は、孫娘のこの後の言葉を聞きもせず、断言した。
「いかん! 女に戦は向かん」
カーテンの陰からちらりと見える孫娘の右の肩口に鎧の肩当てが見えた。カーテンで隠れた左腕には兜を抱えているだろう。腰には剣も下げているだろう。
魂胆を見破られたリーミルは、ふてくされた様子でカーテンの陰からその甲冑姿の全身を表した。出陣する気、マンマンである。彼女は怒りを込めて尋ねた。
「どうして?」
「いかんと言ったら、いかん。女に戦の何がわかろうか」
王ボルススは具体的な説明をしないまま、リーミルに背を向けて部屋を去った。ボルスス王の背後を追う様子を見せたリーミルを、グライスが呼び止めた。
「リーミル姉さま」
姉上という呼び名ではなく、幼い頃にともに遊んでいた頃の呼び方である。ややこしい儀礼は廃して、姉と弟として本音で心を語ろうという気配があった。
「なあに?」
「王……、お爺さまは、姉さまを一番信頼しているのですよ」
「戦に連れて行かないことが、信頼ですって?」
「軍の主力が出陣するとなれば、北の山賊どもも勢い付きましょう。万が一の場合、この国を支える者が必要です」
そう言われると、リーミルも弟の言葉に渋々ながら納得せざるを得ない。フローイ全土に散らばる鉱山はフローイに富をもたらしてはいる。しかし、そこで働く奴隷たちが逃亡し、都の北方の山々で山賊集団と化していた。その者たちが勢いづくと同時に、彼らにあおられた鉱山奴隷たちが各地で反乱を起こす危うさがあるというのである。
リーミルもグライスも軍の指揮能力という点では未知数だが、王家の者が都にとどまって全土に目を光らせているという効果は大きいのである。リーミルは弟の言葉を受け入れながらも交換条件を出した。
「いいわ、今回は貴方が行きなさい。でも、次は私よ」
「分かりました。アトラスとの手合わせは姉さまに譲りましょう」
弟が発したアトラスという名に、リーミルはぴくりと反応して弟の顔を眺めたが、グライスはそれ以上は語らず、これから大事な用があるとでも言わんばかりに、足早に部屋から立ち去った。




