ルージ国軍議
空はきれいに晴れ上がり、この王都でもやや高みに登れば、太陽の光を照り返して輝く海を眺めることができた。朝方、北東部の山々を駆け下る風は、幾種類もの花の香りを運んでいた。夏を迎える前のこの時期は、ルージ島の人々にとってもっとも心地よい。
リダル王が都に帰還し、サレノスがフェリムネの館でロユラスと出会った明くる日である。もともと賑やかな王の館は、将軍たちが参集し、いつもの雰囲気に荒々しい活気を加えていた。
戦の評定の場に加わったアトラスは周囲を見回した。どの将軍たちの顔にも懐かしさを感じさせる記憶がある。一年に一度、王都で行われる海の神の祭りに集まる顔ぶれで、幼い頃にその太い腕に抱き上げられたり、剣の手ほどきを受けた記憶だった。ただ、今日の将軍たちは、これから始まる大戦にはやり立つように、優しげな気配を消していた。
「我らルージがアテナイを討つ先陣となる」
短くそう言ったリダル王に迷いは感じられなかった。
「明日。儂、アガルスス、アゴース、バラスの第一陣三千で渡洋する。ヴェスター軍と合流後にシリャードに立てこもるアテナイ軍を撃破に向かう予定である」
「おおっ」
指名された三名の将軍がその栄誉に歓声を上げたが、アトラスの表情は険しい。アトラスは一歩進み出て叫んだ。
「我が王よ、私にも先陣の栄誉を賜らんことを」
アトラスが幼い頃からのお守り役を務めてきたクイグリフスもまた言った。
「我らが王よ、王子にも先陣を賜らんことを」
王リダルはやや考える様子を見せたが、クイグリフスの言葉も顧みることなく、息子に命じた。
「アトラス。お前は第二陣を率いて海を渡れ。クイグリフス。お前は残る千名を率いて、王都バースを守備せよ」
リダル王はアトラスに第二陣を任せるというのである。ただ、アトラスは父の言葉に失望した。ルージ国は島国で海軍も充実してはいるが、その軍船をかき集めても、乗せられる兵員の数は限られている。第一陣としてリダルが直卒するルージ軍主力が渡洋する。その船が戻ってきてアトラスたち第二陣を送り出すのは三週間も後になるだろう。リダルの気性からみて、息子が率いる第二陣の着陣を待たずに先行して、先に戦を始めるかも知れない。アトラスは開戦の場に立ち会えないのである。アトラスは父に反駁した。
「しかし、それでは、私は手柄を立てられません」
息子の言葉を父は一喝した。
「くどい」
父の言葉に、アトラスは周囲の領主たちの顔を見回したが、唯一、賛同してくれそうなクイグリフスも顔を伏せていた。父と子の間の割り込めない諍いから生まれた気まずい沈黙を破って、猛将アガルススが持ち前の大声を張り上げた。
「若き王子よ。雑魚を蹴散らす初戦の先鋒など、このアガルススに譲ってくだされ。儂らがその後の大戦の舞台を整えますゆえ、王子の先鋒はその時に」
「おおっ、アガルスス、よぉ言うた」
王リダルは膝を打ってそう言い、言葉を継いだ。
「まったく、頼もしい者たちよな。先の戦を思い起こす」
部屋が活気づく中、突然に、入り口に小さな混乱が起きた。部屋の入り口を守る若い衛兵が見知らぬ老人の侵入を静止しようとし、上官が慌てて若い部下の非礼を詫びる姿である。賑やかに盛り上がっていた将軍たちは沈黙し、入ってきた男を信じられぬ者でもみるように眺めた。王と将軍たちの沈黙は部屋の中に広がった。若いアトラスにもこの老人には全く見覚えがなかったが、並み居る将軍たちがこの老人に払う敬意が伝わってきた。
「おおっ。サレノスよ、参ったのか」
リダル王が席を立ち、歓迎する様子で笑顔を浮かべ腕を老人の方に伸ばした。リダル王は臣下や民衆に気さくに笑顔を見せる男だが、驚きの表情を見せることは少ない。アトラスは父の驚きの表情が喜びに変わるのが、意外なものを見るようだった。サレノスはリダル王の前に進み出て、片膝をついて臣下の礼をとると、短く言った。
「まかり越ました。寡兵なれど存分にお使いください」
率いてきた兵の数は僅かだが、王のために存分に働くというのである。リダル王はまるでそれが予定の計画だったかのように即断して命を下した。
「サレノスよ。そなたは第二陣のアトラスに侍り、支えてやってくれ」
「承知」
「これで、儂も後続に不安なく出陣できるというもの」
その父と老人の会話にアトラスが反駁した。
「しかし。しかし、我が王よ。第二陣の指揮は私が取れとの仰せであったはず……」
「それは既に決めたこと。ただし、サレノスの進言があるときは、これに従え」
「しかし……」
「くどいぞ。アトラス」
リダル王に、そう一喝されると、たとえ息子という関係であっても、アトラスは反論する言葉は持たず、不満げに黙り込むしかない。そんなアトラスを、サレノスは今は距離を置いて見守っていた。言葉の短い王はそれ以上は語らず、アトラスもサレノスの出自を尋ねる機会を失った。
軍議は終わり、明日、第一陣が出陣する。




