老将サレノス1
ロユラスはミドルと肩を並べ、魚が山ほど入った籠を背負って王都バースに姿を現した。歳を比べればロユラスがまもなく十八、ミドルは一つ年上である。仲の良い兄弟にも見えるが二人の身分は大きく違う。普通の漁師のミドルに比べて、その姿からは信じられないが、ロユラスはリダル王の長子という血筋を持っていた。
「しかし、まぁ、賑やかなのもいいことだ」
「今日も売れそうだな」
二人はそろって機嫌が良い。都に集まった兵士たちの空腹を満たすために、毎日の獲物が飛ぶように売れるのである。この時代、アトランティスに貨幣は無く、物々交換だが、領主たちが商売相手のなると、貨幣代わりの銀の粒が手にはいる。
「タリアが町の土産物を欲しがっていたぞ」
ロユラスは魚をと変えて銀の粒で、ミドルの妹に土産を買おうかと提案しているのである。しかし、ミドルは妹タリアの心を察して言った。
「町の土産物が欲しいんじゃない。お前からの贈り物が欲しいってことだ」
「そうか……」
ロユラスは口ごもった。王家の血筋とそれを拒否する自分。そんな自分に彼女を幸福にすることができるだろうかという迷いである。そんな会話をする二人が町に入った頃、背後からロユラスを呼ぶ声が近づいてきた。振り返ってみれば、かけてくるタリアの姿があった。
「タリアか。どうした?」
「ロユラス。大変。プチネ様の館に兵士たちが」
息を切らせて駆けてきた少女が、荒い息の間からそれだけ伝えると、ロユラスの顔色が変わった。ロユラスの母は正確にはフェリムネという。アトランティス人の神話の中に、プチネという美しく優しい女が、彼女に恋をした嵐の神サンレクスによって、生まれ故郷から遠く離れたサンレクスの神殿に連れ去られ、寵愛を受けたものの彼女は故郷を思って嘆き悲しみつづけるという悲劇がある。
村の人々はいつしか、異国から連れてこられたフェリムネを、神話の女性プチネにたとえて敬愛しているのである。
(しまった。迂闊だった)
ロユラスは穏やかな表情を変えた。彼は背負っていた籠を放り出して、元来た道を駆け戻り始めた。ミドルは惜しそうな表情を浮かべたものの、彼自身が背負っていた籠も放り出して叫んだ。
「さぁ、町の衆。アワガン村の漁師からの贈り物じゃ。皆で分けて食べてくれ」
そして、ロユラスの背を追って駆けだした。
ロユラスは駆けながら浜辺の小舟の櫂を手にした。兵士が居るとなれば何か武器になる物がいる。岬の端に母と彼が住む館が見えていた。
(迂闊だった)
ロユラスは繰り返しそう思った。各地の兵が都に集まって血なまぐさい雰囲気を放っている。情勢が大きく変わる気配がする。その中で、迷惑なことに、ロユラスの母に王子の母としての正当な権利を求める者がいた。ロユラスをリダル王の跡継ぎにして利を得ようとする者どもたちである。王妃リネやその息子アトラスにとって、自分たち母子は邪魔者だろう。その二人の取り巻きにとっても、ロユラスと母フェリムネは国を安定させるために取り除いておきたい存在に違いないのである。事実、過去に偶然を装って命をねらわれたことがある。
(母の悲しみは俺のせいだ)
ロユラスはそう考えている。母が岬の館から遙か東の海を眺めて涙していることがある。この異境の地に連れてこられた女が、故郷を偲んで流す涙に見える。
(俺のせいだ)
ロユラスは繰り返し思った。もし、リダル王が遠征からの帰国の時に、母が自分を身ごもっていなかったら、母はこんな異境の地で故郷を偲んで嘆くことはなかったはずだと考えるのである。
(俺のせいだ)
ロユラスは心の中で繰り返した。もし、自分がリダル王の長子として生まれなければ、母は命をねらわれる危険な目に遭わずともすむはずだった。母に降りかかる不幸をもたらしているのは自分。ロユラスはそう自分自身を呪っているのである。そして、ロユラスにそういう運命をもたらしたのは、リダル王である。ロユラスがリダルを父と呼ぶこともなく毛嫌いしているのはそのせいである。
思い悩みながら駆けていたロユラスは岬の館の手前で、五人の兵士の姿を見つけた。手にした櫂を構えるロユラスに、兵士たちもまた緊張した。とくに指揮官らしい兵士はすでに剣の束に手をかけていた。




