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都の若者たち

 国王リダルは帰国後にふらりと姿を消していたが、兵の参集の触れは各地に行き届いていて、各地の領主が、二百、三百という兵士を連れて集まり、集結したルージ軍はすでに三千を超えた。出陣の日には五千が集まる予定である。

 王の館に着陣の挨拶に来る領主たちの対応をするのは、不在の国王に代わって王妃リネと長子のアトラスの役目である。

「大儀である。出陣の日まで、ごゆるりと鋭気を養われませ」

 そんな、短いねぎらいの言葉かけるリネだが、ここのところ機嫌が悪い。時に体調が悪いと称してアトラスに対応を任せることさえある。アトラスはそんな母の複雑な心情を察していた。

 彼女の身の回りには、彼女がヴェスターから嫁いできて以来、付き従っている忠実な家臣や侍女がおり、更にその周囲を固めるのはこのルージの都で政務を執り行う文官たちである。ところが、現在、都に集まってきている領主どもは根っからのルージ生まれでルージ育ち、しかも、その者たちが先の遠征で王とともに生死を共にして戦った。ところが、帰国した者どもはまるで異国の魔法にでもかかったように、王が異国から連れてきた女の信奉者になっていた。いまは、その女フェリムネを囲む派閥を形成して、リネの周囲の人々と対立する。更に、フェリムネ派の連中が裏で画策して、アトラスを廃して、フェリムネの息子でリダル王の長子ロユラスを次期王位につけようとしているとささやく者さえいた。

 各地の領主が参集することで、武官と文官、ヴェスターとルージの血筋、次に戴く王を巡る利害、様々な要因が絡みあって、人々の思いが混乱している。


 そんな混乱も都の中だけのこと、アトラスやその近習の若者たちは町の喧噪に浮かれていた。王都は参集する兵士たちを収容する大きさはなく、領主たちは町の外に陣を敷いている。それでも、町の中は戦準備に追われて騒々しい。

「おおっ。こんな物まで?」

 ラヌガンが手にしたのは、幾本もの手斧の一つである。切り出した木材とともに戦支度の物資として荷造りされかけていたのである。

「ラヌガンよ。それはおまえの石頭をカチ割るために要るのだろうよ」

「おおっ。この石頭が戦に役立つならそれも本望」

 王子とラヌガンのやりとりにほかの近習たちも声をそろえて笑いあった。しかし、率直な驚きを隠してはいない。これから始まる戦のために用意されている物資の多様さは若者たちの想像を超えていた。剣や弓や、膨大な数の矢の束だけではない、戦で破損した甲冑の皮革をつづくろう大きな針やハサミや膠などの道具、宿営地で木々を切り出して臨時の柵を作るための手斧など、若者たちには想像もつかなかった道具の数々が、戦場で必要となるのである。

「なにやら、食い物の香りまで」

「大食らいのテウススが、なにやら嗅ぎ付けおった」

「笑うな。お前たちとて、昼食はまだだろう」

 テウススが見つけたのは小さく丸い焼き菓子のような物である。作業場の中から年老いた職人が焼きたての物を盆にのせて出てきて、日当たりのいい板の上に並べた。老人は気安く言った。

「我が王子よ。ガンバクでございます。兵が戦場で食します」

 老人が説明を終えるまもなくラヌガンが言った。

「いや、私が食するのではない。私の腹の虫が、食べたいと私に無理強いするのだ」

 ラヌガンが老人を眺め、老人も食べていいと許可するように頷いた。一口大の粒である。ラヌガンは素早く口にほおりこんだが、すぐに顔をしかめて吐き出して文句を言った。

「歯が折れるかと思ったぞ。このような物が食い物だと信じられん」

 そんなラヌガンの姿にアトラスたちは笑いあった。入り口から作業場の奥が見えていた。小麦粉に水や塩や砕いた木の実を混ぜる者たち、それに魚の脂を混ぜて、足で踏んで体重をかけて練る者たち、練り上げた生地を一口大にちぎって丸める女たち、丸めた生地を竈で焼く者たち、その人々の生真面目に汗をかきつつ働く姿を眺めれば、確かに食べ物に違いない。アトラスも一粒つまんで香りをかいでみた。堅さはともかく食欲をそそる香りである。ただ、魚の脂は数週間で変質して眉をしかめたくなるほど魚臭さを発するようになる事はまだ知らなかった。しかし、堅く焼き上げたガンバクは日持ちだけは良い。日常生活では全く見かけない兵士の携行食なのである。

「これはスープに入れてふやかして食するのです」

「それならそうと早く言え」

「スープがないときは、水でふやかします」

「ただの水で?」

「水がなければ、小便をかけて食うのです」

 老人は笑ったが、そのまじめな笑顔に、この老人がそういう経験をしたという重みが感じられた。

 戦場で暖かなスープを作る余裕がないこともあるだろう。スープを作る水どころか、飲み水すら無いこともあるに違いない。体は乾ききって飢えも感じてはいるが、乾燥したカンバクは砕いて口に入れても、唾液も尽きた渇いた喉を通らない。そんな時、小便をかけて柔らかくして食うというのである。ひどく滑稽なことだが、同時に凄惨な戦場の兵士の姿が、現実味を持って浮かび上がる。

 ただ、今のアトラスたちは、戦場での勇ましい姿と名誉と、勇敢さの対価として得られる賞賛のみが頭にあって、現実の悲惨さを考えようとはしていない。


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