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プロローグ

挿絵(By みてみん)


この世界から消えてしまった美しい大地と豊かな自然、そこで生まれ育った高貴な魂の人々。現代の私たちが伝説のアトランティスと言う言葉を口にするとき、一抹の寂しさと懐かしさを感じることがある。私たちに引き継がれたアトランティスの記憶といえるだろうか。

 今はもう地図にも歴史にも残ってはいない。しかし、あの日、あの時、確かにあった。そこで生きる人々と共に。  

挿絵(By みてみん)

アトランティス大陸中央に、肥沃な穀倉地帯を支配するアトランティス最大の国家シュレーブがある。エリュティアという少女は、その国で王女として生まれた。王家の者の愛情はもちろん、国民からも敬愛されて育った。愛らしく従順で、男性が女性に求める美徳をすべて有している。

 ただ、傍らに侍る乳母のルスララには、幸福に包まれているはずのエリュティアが時折不憫に見える。エリュティアは生まれて15歳の今まで、周囲から慈しまれる以外の環境はあり得なかった。ところが、この1ヶ月ほどの間、政略結婚の道具として、アトランティスから離れた東の島国ルージに嫁がされる話が出たかと思うと、その話もエリュティアの心を不安でかき乱しただけで消えた。


 まるで嫁ぐはずだった島国に思いをはせるように、王宮の窓から東の空を眺めていたエリュティアは、ルスララを振り返って首を傾げた。

「お父様は、誰と戦うというのです?」

 その辺り、心が混乱したエリュティアばかりではない、乳母のルスララにも男たちの真意を図りかねていた。

 堅く口止めされて誰にも話しては居ないが、ルージ国がアトランティスを占領するアテナイ軍を排除するという名目の裏で、アトランティス9ヶ国を統合する神帝スーインを暗殺したという。その首謀者はエリュティアが政略結婚で嫁ぐはずだったルージ国の王子アトラスである。

 神帝スーインを支える諮問機関の六神司院ロゲル・スリンが、アトランティスの反逆者たるルージ国と、ルージ国と共に反旗を翻したヴェスター、グラト国討伐の宣史をこのシュレーブに遣わし、国王はそれを受け入れて、ルージ、ヴェスター、グラトの3ヶ国討伐の兵を挙げる。

 ところが、男どもの口から発せられる言葉は、アトランティスを束ねる宗教都市シリャードを占領する蛮族アテナイ軍を駆逐してアトランティスを解放するということばかりである。

 なにか、敵と味方の判別がつきずらい。


 ルスララの後ろに控えるように黙って立っていた教師ドリクスはゆっくりと進み出て尋ねた。

「エリュティア様は、お父上を信じておいでかな?」

 エリュティアは教師の言葉に素直に頷いた。ドリクスは言葉を重ねた。

「では、このシュレーブ国と人々の幸福も信じておいででしょう?」

 エリュティアはもう一度頷いたのを見たドリクスは、それがすべての結論であるかのように断言した。

「それでは、先のことは真理の女神ルミリアと運命のニクススにお任せあれ」

 何も考えず、なすがまま運命に身を任せよと言うのである。教師としてのドリクスはこの素直な生徒が幼い頃からそう教育してきたし、この生徒の素直さを愛していた。ただ、王の元に侍る謀臣として、エリュティアが首を傾げる敵とも味方とも付かぬ状況を進言したのも彼である。


 エリュティアの父がこれから戦うルージ国の兵士は、精強な事で知られていた。その兵士を率いる数々の将の名も勇猛さで他国に鳴り響いている。何よりそれらの将兵を統率するリダル王は、アトランティスの人々からも鬼神のように恐れられていた。今、その将士を敵にすると知れれば、シュレーブ軍はルージ軍を上回る軍勢を有するとはいえ、怯えに似た動揺が広がるに違いない。シリャードを占拠する野蛮人どもを駆逐するという名目を与えておけば、兵士たちの士気も高まるだろう。そして、真の戦いが始まる前、神帝がルージの手先によって暗殺されたことと、この戦が裏切り者ルージ国を討つ正義の戦いだと宣言すれば、兵士は士気を保ったままその刃をルージ国に向けるだろう。敵がルージ国だと事実を伏せているのは、そういう意図である。

 しかし、乳母ルスララのの見るところ、ドリクスの言葉にもかかわらず、エリュティアの心は晴れぬらしく、小さく何かを呟いていた。

「あのお方が……」

 真理の女神ルミリアと聞いて、エリュティアは思い出す人物が居た。自分が嫁ぐ相手だというイメージを植え付けられつつ、東の島国の王子アトラスと引き合わされたときのことである。真理の導きとは何か、それを問うアトラスに彼女は答えられなかった。彼女の脳裏にそのときの言葉のやりとりが鮮やかに蘇った。

 アトラスは彼女に断言した。

「私の運命を定めるのは、私自身です」

「では、人に神の導きは不要だと仰るの?」

「私は自ら運命を切り開きます。エリュティア、妻としての貴女の進むべき道も示しましょう」

「神々のご威光を知らないのは傲慢ではありませんか」

「いいや。神に運命をかき乱されてたまるものか。エリュティア、私に貴女の運命を託しなさい」

 

 そんな会話とともに思い起こされるアトラスの力強さと驕慢さ。ただ、不思議なことに、最後に出会ったときにはそんなイメージが一変していた。

「月の女神リカケーの涙と申します。涙とともにあなたの心が癒され、心の平安が訪れますよう」

 そんなアトラスの言葉と共に手渡された涙の形をした真珠は、あの王子が驕慢さの裏で流した涙のように思えた。あの時の王子の澄んだ目だけが、今のエリュティアに平穏をもたらすようで、彼女は密かにその真珠を受け取った時のまま、大切に身につけていた。

(あの方は、本当に救国の英雄なのでしょうか。それなら、私は……)

 エリュティアはそんな思いを口にせず飲み込んだ。アトラスが居るのは窓に広がる視界の遙か向こう、海の上である。  

 物語全編を貫く、主人公アトラスと、ヒロインのエリュティアの成長と恋愛を軸に、政略結婚で結びつけられたフローイ国王子グライスとシュレーブ国から嫁いだフェミナの愛。自分を人として認めてくれた将ゴルススを一途に愛する奴隷女剣士アドナ。王女エリュティアの侍女ユリスラナと侵略者としてのギリシャ人の若き将エキュネウスの身分違いの愛。アトラスの父リダルを愛した二人の女性など、様々な男女の愛が物語に絡み合います。

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