マイペース少女と不思議なおばあさん
「・・・っ、あ、あの角を曲がれば・・・、学校、ごわす!!」
家を出てから数分が経過したところだった。
学校が間近に迫ったところで、裕子は最後のラストパートをかけようと目の前の角を曲がろうとしていた。
「ご、ご、五時間目までには、間に合わせて、見せるです!」
そう言って角を曲がろうとした瞬間だった。
「うえぃ!!」
「あれまー」
反対方向から運命の王子様が・・・ではなく、背の低いおばあさんが現れたのだ。
ぶつかりかけたのを防ぐため、裕子はすぐ後ろへ下がったが、バランスを崩し思い切りしりもちをついてしまった。
「あててて・・・」
「ごめんなさいねー、学生さん。大丈夫ですか?」
おばあさんが心配そうな顔で尋ねてきた。
裕子はすぐに顔を上げ笑顔で答える。
「はいー!おしりを打っただけでござんすから!おばあさんはだいじょぶですか?」
「はい、あなたが止まってくれたのでね。当たらずにすみました、ありがとうございます」
「いえいえー」
そう言いながら裕子はゆっくりと立ち上がった。
やっぱり、ちょっとだけおしりがヒリヒリする。
「いいえ、本当に助かりました。もう歳なので、足腰が悪くて悪くて・・・。こうして毎朝歩いていますけど、体力も衰えてきたのがわかるんですよー。歩くスピードだとか反射スピードとか、遅くなってますしね」
「・・・そう、なんどすか?」
「ええ、そういうものですよ。私みたいなおばばなんて、いつ死ぬかもわからないんですから」
家族にはいつも心配されてたわー。
おばあさんは笑ってそう話した。
だが、裕子にはその顔が泣いているように見えた。
「そうだ、学生さん。お名前はなんておっしゃるの?」
「あ、都嶋裕子です」
「へー、裕子さん。私は富田スマと申します。ふふふ、また会えるといいですね」
さっきの寂しい笑顔ではなく、優しくて暖かい笑顔でスマは言った。
その笑顔に裕子もつられて笑顔になる。
「はいー、そうでござんすね!」
「ふふふ、裕子さんは面白い人ですね」
「そうでございますかー?」
裕子が聞くとスマはゆっくり頷いて裕子を見た。
「ええ、本当に。今を大切に生きてくださいね」
そう言い終わると、スマは、それでは。と言って軽く会釈し、裕子が来た道をゆっくりと歩いていった。
裕子もゆっくりとおじぎして、スマの後姿を見送った。
小さかった背中がもっと小さくなっていく。
その後ろ姿に、裕子は少し寂しさを覚えた。
「(また・・・、会えるんどすかね?)」
そんなことを思った直後だ。
聞き覚えのある音が街中に高らかに鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーンという甲高いチャイムの音・・・。
「あ・・・」
そう声を上げて、裕子は口に手を当てた。
「忘れてた・・・」
そして、くるっと後ろを振り返り、学校へ行く道を全速力で走り出した。
「いやあああ、五時間目が始まってしまうでごわすううう!!」
またそう叫びながら。
その叫び声が背中から聞こえたスマは足を止め、ゆっくりと顔を上げ空を見た。
「本当に、元気なお嬢さんだこと・・・。孫を思い出すわ」
優しく微笑んで、そう呟いた。