第二十部
大学が始まった。
大学生活最後の学期。悔いの残さぬようにしなくては。
こちらの方も少し腰を据えて頑張ります。
二人目は裁判官であった。部屋には大きな机が置いてあるのみで生活臭が全くしない。机の上にも六法全書が鎮座しているだけで他には何も載っていない。部屋を通されたときまず異質に感じたのは机だ。ワンルームの部屋に玄関を見据える向きで置かれた大きな机が与える圧迫感は法壇を思わせた。この人物との対話は、彼が深々と椅子に腰かけ、我々二人が机の前に姿勢を正して直立不動のままに行われた。幾度となく自分自身に私は被告ではないと言い聞かせながら話が終わるのを今か今かと待ち望んでいた。我々から話を聞きたくて訪ねて行ったのに失礼だと思ったが、それでも対談が終わったときには部屋まで体を引きずっていくのがやっとであった。特に相方の疲労はすさまじく手を引いて歩かねばならなかったほどだ。
「私がここにいる理由か。それはちゃんと法律にのっとっている。憲法にも最低限文化的な生活を送る権利があると書かれている。むしろ、日本国民にとって最低限文化的生活を送っていない者どもは皆犯罪者と言っても過言ではない。権利を行使し、義務を果たすことによって国民全員が幸せを手にすることができる。人々は幸福を手にする権利があり、義務でもある。自己の行いが他人の幸せを侵害することがあってはならないし、他者によって侵害されることがあってはならない。そのための法律である。法を守り、法に従い、法を敷く。全日本国民は法に抱かれなくてはならないのだ。
法に従わざる者、法を否定する者、法を侮辱する者、それらの者どもを私は裁かねばならん。
日本にいる全ての人間が、日本の法を順守することは自明の理。
日本にいながら、日本のほうに従わぬものそれは人あらざるものである。
日本にいる人は日本の法を守る。
法を守らない人は日本に存在しない。
日本の法律を破るモノは人ではない。
まぁこういうことだ。
ここの生活はどうかと?
すこぶる快適だ。人々は正しく役割を果たす。このテーマパーク内の法に従い、はみ出すことはない。
私はただ連れてこられた犬畜生をここの法に則って正しい裁決を下す。白か黒かそれだけだ。グレーは存在しないし、赤や緑だということもない。全てを二つに分けるだけだ。
ここではただ私が中心に立ち右天秤に罪を乗せ、左天秤に正義を乗せるだけでいい。そうして人間の社会は成り立つのだ。そこに不平等はあり得ない。私の後ろには皆が平等に幸せを享受する世界が広がる。そうすれば、不満はなくなり世界は美しく調和を持ちその中で私も平等に暮らすことができる。だから、満足だ。正直私はここを離れたくはない。ここは法のユートピアだからだ。
ここのオーナーと会ったかって?会ったことはないな。被告を連れてくるのはあの忠実な兎であるからして。そのほか人と会う理由がない。招待状を受け取りここに通され裁判を開いているだけだ。それだけで満足だ。だから君たちは珍しい。次会う時も我々は対等な立場で出会いたいものだ。被告として君が私の前に出てきたら私はそれを裁くだけだがな。まぁ君は君の役割を果たすがいい。そうすれば君は幸せなはずだし、世界の調和が保たれ私も幸せであろう。
さぁ役割を果たしに行くがよい」