お母さんは心配性
ブログ開設一周年記念のリクエスト企画だったもの。
ナチュラルに海藤と摂子が熟年夫婦になってるため注意されたし。
子供ネタ。
親になる、というのを聞かされた時、こんなに驚くことはこんなにない、というほど驚いた。
「まじで、か?」
「ま、まじ、です」
何故か恐る恐る海藤に答える摂子に対し、海藤の方は、最初は無表情なまま数秒を過ごし、それから目を大きく開いて何事かを言おうとし、しかしすぐに口を閉じて突然がばりと抱きしめてきた。
「よっしゃあああ!!!」
「ぅわっ」
こんなに喜んだ彼の姿を今まで見たことが無かった摂子は、ものすごく驚いて、けれどすぐに瞳を潤ませる。
喜びの涙が自然とこみ上がってきたのだった。
彼らはその数日後、正式に籍を入れることになった。
―――それから十一年の時が流れ……。
・お母さんは心配性・
「えぇ、そうなのよぉ。うちのも全っ然言うこと聞いてくれなくて……」
「ねぇ~。なんできょうだいってあんなにケンカするのかしら」
「ほんっと、ケンカしてない時がないくらい仲悪くて、ウチも」
買い物終わりの公園で井戸端会議をするとき、摂子には一つだけ入っていけない話題がある。
「海藤さんちはどう?そろそろうるさくなってくる年頃でしょう?お兄ちゃんのほう、もう小学校五年生でしたっけ?」
「え、ええ。ちょっと反抗期……に、なりつつある、かな~?」
「あらそう、でもあのお兄ちゃんすごくしっかりしてるけどねぇ。お兄ちゃんとは仲良くしてる?」
一人の奥さんが、摂子の足もとで地面に絵を描いている娘に語りかけた。
二人目となる海藤家の長女は、先月で6歳の誕生日を迎えていた。
「うん、兄ちゃんと仲良くしてるよ」
「あらあ、偉いのね~。お兄ちゃん好きなのぉ?」
「うん!兄ちゃん、好きー」
基本的にあまりしゃべらず表情も乏しい娘だが、兄の話題を振られると途端に笑顔を見せるので、奥さま方にしきりに感心される。
「ま~、仲が良くっていいわね!うちの怪獣どもに見習ってほしいわ」
「ほんとぉ~。海藤さんち羨ましいわね~」
「そ、そうですか~?あ、あはははははは………」
乾いた笑いで愛想を振りまいてみたものの、若干の気まずさを覚えた摂子は、「あ、そういえばお洗濯ものとりこむの忘れてた!すいません、それじゃまた~」と、無理やりにコミュニティから外れてその場を後にした。
もちろん、娘の手を引くのを忘れずに。
「……ってことがあってね。うちの子たちって、少し変わってるのかな~なんてしみじみ考えちゃった」
「変わってるってか、ただ単に仲がいいだけだろ」
「いやまあ、それを言ったら、そこまでの話なんだけど……」
夜遅くに仕事から帰って来た旦那に遅い夕食を振る舞いながら、摂子はテーブルで頬杖をついて昼間からの憂鬱を吐露する。
「でもなんていうか、ちょ~っと、あの子たち見てて不安になるときがあるんだよね、最近」
「なんだよ」
「だってこの前なんかさ……」
けろっとした顔で夕食にありつく海藤に、摂子夫人は思い当たる出来事を話し始めた。
『母さん、今日遅くなんだろ』
『うん、家のことよろしくね』
『分かった』
最近ますます父に似てきた三白眼をきっとこちらへ向けて、長男が頼もしく答えた。
その日摂子は急用ができて家を空けなくてはならなくなり、情けないがまだ小学生の息子に娘を任せなくてはならない状況に陥った。
『いやぁ~、母さんと一緒に行く』
最近、反抗期か赤ちゃんがえりか、娘が摂子から離れたがらないことがあり、その日もかなり駄々をこねていた。
『我がまま言うな。しょうがないんだから』
兄が諌めるが、一度火が付いたら収まりがつかないのか、周りの言うことは頑として受け入れない態勢に入ってしまった。
『いやだぁ~!』
摂子がなだめようとした矢先のことだった。
母を手で制したかと思うと、兄は珍しく妹を突き放した。
『じゃあ、もういい。兄ちゃん、お前の面倒なんか見てやんねー』
『い、いやだぁああ!』
『勝手にやってろ』
『やだやだやだ~~~っ!うわあああああああん』
娘はとうとう火がついたように泣き出してしまった。
摂子がどうしたものかとハラハラしていたら、背を向けて出かける用意をしていた兄の背中を見た妹が、突然ぴたりと鳴き呼んで駆け寄って行った。
『行かないでぇ、兄ちゃん~~』
『……母さんがいいんだろ、お前』
『いやだぁ、兄ちゃんも好きだもん』
『じゃあ、兄ちゃんと待ってられるか?』
『……うん』
『もう、やだって言うなよ?』
『うん』
ようやく気の静まった妹に、兄は優しい笑みを見せると少しだけ頬を撫でてやった。
すると妹は『兄ちゃん、好き~』とさっきまでと裏腹にべたべたしはじめたではないか。
摂子はそれを見て、俄然不安を抱いてしまったのだ。
「それのどこが悪いんだよ?」
「いや、悪いっていうか~~~。なんか、仲がいいな~と思って」
そもそも長男は、どういうわけか昔から手がかからず、独りでに大きくなったといっても過言でないくらいしっかりしている。
逆に摂子の方が叱られることもままあるくらい、長男の自立心は半端でない。
かといって反抗期がひどいということもなく、こんなに子供らしくなくていいのか、という不安さえ抱くことがあるほどだ。
そんな貴重な男子なものだから、妹にケンカをしかけることなど全くと言っていいほどなかった。
「それと、つい昨日も……」
純然たる兄妹ゲンカを見たことがない母親は、居たたまれなくなったあの場面を思い出した。
『兄ちゃん、ケッコンってねぇ、好きな人同士がずっと一緒にいることなんだよ』
『あっそ』
『今日ねー、幼稚園の先生がケッコンしたんだって』
『へぇ』
テレビゲームに夢中の長男は、話し半分に妹のたどたどしい話を聞き入れている。
『だからねー、わたし兄ちゃんとケッコンする』
『ふーん』
どんがらがっしゃん!
『あれー、なんか音したねえ?』
『母さんだろ』
『兄ちゃん、ケッコンしようねー』
『……俺とお前はきょうだいだから出来ねーよ』
『えー!でも、好きな人同士だったらできるって、マキちゃん言ってたもん』
『好きでも、きょうだいは無理なの。家族だから』
『できるもん!できるってアヤコ先生も言ってた!わたし兄ちゃん好きだからできるもん!』
『だから、好きでも嫌いでも、きょうだいは結婚できねーの。分かった?』
『違うもん……だって……だって……』
すると、妹が『兄ちゃんわたしのこと嫌いなんだぁ~~』と言って泣きだした。
『なんでそうなるんだよ』
兄はやっとゲームのコントローラーから手を放して妹に向き合う。
『ぅっく…ひっく…だって、……兄ちゃん、私のこと好き?』
『はぁ?何言ってんだよ』
『兄ちゃん、嫌いだからケッコンしないんでしょ?』
『だからぁ~~~』
『好き?』
そこでようやく、妹が何を聞きたいのかが分かった兄は、そっぽを向いて、観念したように小さく言った。
『……好き……だよ……』
『ほんとぉ!?じゃあ、やっぱりケッコンできるねぇ。やった~~!』
そう言って、さっきと打って変わって満面の笑顔になった妹が、勢い余って兄の頬にキスを送った。
『ぅわっ、お前何すんだよ!』
『兄ちゃん、大好き』
まんざらでもなさそうな兄が、抱きついてくる妹の背中をポンポンと叩いてゲームを再開させた。妹はその後、ずっと兄と一緒にゲームを見ていた。
「………それは、確かにちょっと気になんな」
「……でしょ?なんていうか、あの子たち見てると…」
(アツアツのバカップルみたいな……)
と、両親は同時に思ったそうな。
「ま、まあ、もっとデカくなって、世間ってのを知っていくと二人とも変わんだろ」
「そ、そーだよねぇ、小さいときだけだよね~。小さいうちは、仲いいほうがいいに決まってるものね~~」
―――あははははははは………
摂子と海藤は揃って乾いた笑いを居間に響かせた。
ちなみに、この二人の兄妹、夫婦に生き写しである。
end
リクエスト下さった方は子供が赤ちゃん時代の話を想定されてたようなんですが、思いっきり成長させてしまいました。
はい、作者の趣味です。
しかし実際、男女兄弟で仲良過ぎて不安、っていう親御さんはけっこういるみたいですよ。
物書き的にメシウマな事実ですね。あ、もちろんリアルの近親相姦は否定派ですよ。