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鮮明な堕落=淡い夢


パラレル五年後の二人です。

永久影響、フラッシュピースの地続きではないかもしれない二人。

こんな未来もありかなーという視点で読んでいただけると嬉しいです。














作業が終わったので一息つこうか、そういう時に限って、どうでもいい魅力的なものに遭遇したりする。




「これ……」


古い書類や用済みになった本の山に交じって、一枚の写真が隙間から顔を出していた。

それも相当昔のものだ。


「中学の時の修学旅行だっけ……」


思い出していざ写真を手に取ると、当時の若気の至り的エピソードや甘酸っぱい思い出に至る、とにかく様々な記憶がどっと溢れ返った。


旅行先の山中で、いかに可愛く映るかなんて考えもしていないヒドい顔の私が写りこんでおり、周りには同じ班の同級生、そして、驚いたことに、遠くの方であまりに見覚えのあり過ぎる顔を見つけて息をのんだ。




現在同居人であり恋人である元いじめっこは、とてもつまらなそうな顔をしてはしゃいでいる私たちの後ろを歩いていたのだった。


















鮮明な堕落=淡い夢

















「は?修学旅行?んなもん覚えてねーよ」

「え~。修学旅行に行ったことくらい覚えてるでしょ」

「バカ。行ったのは覚えてるよ。内容を覚えてねーっつってんだよ」


本人に直接聞いたところ、彼の記憶の中には入っていなかった情報らしい。


「でもほら、これ海藤でしょ」

「たまたまだろ。全員その辺に行ったんじゃねーの」

「うん、そうかもしんないけど……」


言って、自分に自分で驚いた。

この写真による出来事を海藤が覚えていたとして、私は何を期待していたっていうんだろう。

忘れることのできない中傷、罵倒、裏切り、それを全て覚えている私が、中学時代のあの海藤に、いい思い出なんて一つとして持っていないはずなのに。




相変わらず薄情な彼は、話は終わったといわんばかりにすぐ読んでいた雑誌に視線を戻す。

その見慣れた仕草に自分もまた慣れてしまったことに、少しだけ虚しさを覚えた。

私たちの間に、もう付き合い始めの頃の様な新鮮な反応など数少ない。

何年も暮していれば相手の粗も見えるし、許せない部分もしこたま目につく。

それに加えて憂鬱になるのが相手への慣れだった。

妥協ともいう。

見て見ぬふりをしたり、許したりしていくうちに、新鮮な反応などは途端に意味を失っていった。




興味を失ったらしい海藤から写真へと視線を移し、長方形の枠に縁取られた過去の一場面へ思考を飛ばす。

なんというか、いわゆる「しょっぱい」顔をして無邪気に笑ってる過去の私は、おそらくこの時、背後に蛇蝎のごとく嫌っていた海藤がいたことなど知る由もなかっただろう。

事実、私が今改めて発見して驚いているぐらいなんだから、当然と言えば当然だ。


けれど一体、この驚きに加え例えようのない感慨を感じているのはどういうわけなんだろうか。

この写真を見つけるまでつい忘れそうになっていたが、私と海藤はその昔いじめっ子といじめられっ子の関係にあった、犬猿の仲だった。

それが今、こうして一緒に暮らすことになるなんて考えもつかないことだった、当時は。




「紅茶」

「え?」

「入れるか」

「あ、うん……」


唐突に海藤が台所へ立った。

入れようとして忘れていた私の代わりに用意してくれるらしい。

それもまた慣れであるのに、さっきとは打って変わって安堵を覚える。

私はもう、海藤が暴君で自分勝手なだけの男ではないということを、よく知っているのだ。




いつのまにか恋は信頼へと変化し、穏やかな夢の中へと堕落していった。

その名は生活という。

私と海藤しか知らない鮮明なまでの現実の、淡い夢だ。


少女めいた幻想は随分前に死んでいて、私の意識はどこまでも先へ向かっている。

そうでなければ日々を営んでいけやしないのだから仕方がない。




「なんかあったか」

「え?」


紅茶のカップを二人分持ってきてくれた海藤が、片方を差し出しながらこちらをじっとのぞきこんでいる。

そらすことを許さない、強い瞳。

それにも、もうだいぶ慣れてしまった。


「その時、俺となんかあった?」

「………」


そして私は、心配そうにこちらを窺ってくる目の前のこの人が、見た目ほどには強くないということも、充分知ってしまっていた。

思ったことをはっきりと口にするので怖いと思われがちだが、彼にとってそれは「強い」という意味にはならず、己の弱点としてあるらしい。

私はやんわりと笑って見せた、あいまいに。


「覚えてねぇけど、先に謝っとく」

「それ、謝ったって言わないけどね」

「あー、もー。…悪かった」


何したか知んねぇけど、とぼやく彼が口をとがらせて拗ねているのを見て、私はようやく満足して真実を口にしてあげた。


「……って、実は私もこの時のこと覚えてないんだけどね。ゴメン」

「…て、てめー。ハメやがったな」

「たまにはね」


大体が主導権を握られっぱなしなので、こんな時には仕返しの一つもしたくなる。

なにせ、この男がしおらしくなる時など滅多にない機会なのだからして。

そして、こんなやりとりをしたとしても、相手が不機嫌になることなどないと、知っているから。


「じゃあ俺も仕返し」


それはある意味で予定調和の口づけ。

手にしていた写真が、ぱさり、と乾いた音を立てて床に落下した。




(そうか)




相手の手慣れた愛撫に声を抑えながら、私は熱を上げる頭の中で考えた。




(もう、戻れないから)




服を脱がせ合って、互いの素肌の心地よさにうっとりとする私たちは、もうあのぎすぎすとして未成熟だったころの私たちには、決して戻ることはない。

それを知った途端に、私の過去は、床に落ちた写真は、眩いほど鮮やかに光って未来に影を落とした。


終わりよければすべて良しとはこのことだ。

つくづく人間は生きるのに都合のいいようにできている。

今の海藤を許しているのであれば、過去ですら美しく装飾されてしまうものらしかった。


「久、成……」


これだけはいまだに慣れない彼の名前を呼べば、驚くほどに甘ったるくて、相手のきつい抱擁に遭う。

巧みな手管で浮かされていく思考の中、おそらく、それが真実だったのだと思える記憶を掘り起こしてあとは行為に集中した。


「海藤…」

「ん…?」




(多分、あの時も、本当は意識していたみたい)




今さら出てきた写真が、その一枚だったことが、何よりの証拠だ。


互いを信頼して身を寄せ合う関係も純愛であるなら、嫌いになるほど意識してずっと忘れることのなかった関係もまた、純愛と呼べるんじゃなかろーか。


そう思える程度には大人になったので、過去が格別に愛しく見えてしまったらしい。


それでも今の生活は淡い夢だ。

死にゆく恋に取って代わるのは愛で、それは堕落でも夢でもない、確かな未来となって続いてゆくんだろう。

けどそれもどこか寂しいから、写真の中の自分が羨ましくなったのだ。


言いかけて、なんでもない、と笑った私に軽く小突いた海藤が、真剣な顔をしてまた口づけた。

なんでも新鮮がいいというわけではない、慣れた真顔に、私は毎回どうしようもなく惹かれていくのを諦めたように自覚して、そっと舌を差し出した。

















end







関係がこ慣れてくると、黒歴史すら光って見えるかも、というお話でした。


懐古主義といいましてね。

昔はどんなにヤなことがあってもいいものになってしまうんですよね。



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