理想のひと?
「え、そんなこと毎日言われてんの!?」
「う、うん…」
久しぶりに、仕事帰りに親友の麻衣子とお茶してたら、いつのまにか愚痴になっていたらしい。
話題の中心は、もっぱら、最近できた彼氏…………のような人になった男のこと。
「なにそれ、信じらんない。あたしだったら絶対許せないわー」
「でも、馬鹿とかアホとかはまだいい方だよ。なんか口グセみたいなものだし。それより、時々正論に織り交ぜて罵られる方がきついんだ~。『なんでそんなに学習能力ないんだ』とか『小学校からやり直せ』とかさ。いくら自分に落ち度がないからって、徹底的に責めてくるからすごくヘコんじゃう…」
「あーないない、そんな男ぜったいロクでもないよ。やめちゃいな!」
他人事だと思って、麻衣子は軽くそんなヘビーなことを言ってくる。
それがムリだから悩んじゃうんじゃないか。
「そもそもさー、その海藤?って人、ぜーっっったい、摂子には合わない気がする。摂子にはさー、もっとこう優しくてふわ~っとして、なんでもかんでも許してくれるような包容力に溢れた人とか、とにかく大人な人が合ってるって思うよ、あたしは」
「そ、そう、なのかな~…?」
「そうそう、ぜったいそう。恋愛では先輩のあたしが言ってんだから、素直に聞いときなって。とにかくさ、その海藤って人、話聞いてりゃ、元いじめっ子だわ女遊び激しいわ短気だわ暴力的だわ、はっきり言って付き合うには最低な男だよ?ダメダメ絶対。最初は引っかかっちゃうんだ~そういう奴に。でもね、後のこと考えたら無難で真面目な人と付き合うのが一番いいの。結局男ってのは、そこそこ甲斐性と社会性ある平凡なのが一番なのよ。なんでも並みが無難なの。…ま、恋愛初心者のあんたにはまだ分かんないかもしんないけどね~」
「……そうかなぁー」
麻衣子は元々恋愛体質で、私にはあまり話さないけど、男の人で失敗してきた経験がたくさんある。
だから、初めて恋愛らしい恋愛で悩む私に、先輩風を吹かしたいのかもしれない。
自分の経験則からの助言だとしても、私を心配してくれているから言っているんだと、分かってるつもりだ。
けど。
(なんだかチクっとするなぁ…)
確かに私の彼……の立場であるはずの海藤久成という人は、口が悪くてぶっきらぼうで中々フォローもしてくれなくてそもそも何考えてるのかもよく分かんない上に全然優しくないんだけど。
………確かに列挙すると悪の塊みたいな人なんだけど。
(なんで、誰かに言われるのはヤなんだろ…)
それを私じゃない誰かから言われることには、少し反発心を覚えてしまう。
(そんなに、言うほど、最低でもないよ?)
乱暴な一面を知っているけど、私に暴力を振るったことなんて一度もないし。
(包容力……はないかもしれないけど、理解力なら、きっとある。…と思う)
少なくとも、私を分かろうとする努力ならしてくれている。
だからこそ毎日怒られたりケンカしたりするんであって。
(甲斐性もあるし、社会性ならきっと、いらないほどあるんじゃないか?)
私以外には外面がいいんだ。
(女好きだし短気だけど……)
けれどそんなに、無神経じゃない。
私の前で昔の女の人の話を出したことはないし、不機嫌なことが多いけど、怒りの沸点なら本当は低いんじゃんないかってすら思う。
あいつがしょっちゅう怒るのは、きっと私のことが分からないからなんじゃないかって、最近思い始めてる。
私っていうより、私たちの距離。
それを測れずに苛々してる、私たちどっちも。
私たちはまだ、付き合って1ヵ月足らずの初心者マークつき。
うまくいくことはほんの少し、うまくいかないことは山のようにたくさん。
そんな毎日だ。
「でもまだ1ヵ月しか経ってないし、そんなすぐ別れるとかは……」
おずおずと言うと、鼻息も荒く、麻衣子はきっぱりと告げた。
「連れてきなさい」
* * *
「え~、海藤さんってギターもできるんですか!すご~い!聞いてみたいかも~」
「まあかろうじて聞かせられるレベルだから、大したことねーんだけど」
「えぇー、そういう人に限ってすごい上手だったりするんですよー!ね、摂子!」
「え?うーん、まぁ、そうなのかな…?」
「それでそれで!どんなのが弾けるんですか~?」
あまりの押しの強さに、なんとか海藤に頼んでついてきてもらったら、麻衣子の態度は180度変わっていた。
いわく、
ヒソヒソ(ちょっと~、あんたの話と全然違うじゃないのよ~!すっごいイイ男じゃん!)
……らしい。
なんだかなー。
人間って…………。
はあっとため息をつくと、海藤は少しにやけた顔で覗き込んできて、
「お、ヤキモチか?」
と嬉しそうにヒヒっと笑った。
んなわけあるか!!という突っ込みをぐっと飲み込み、私はその顔を見てもう一度ため息をついた。
「も~う、摂子ってばこんないい人なら最初から紹介しときなさいよねー。いらない心配しちゃったじゃない。あんたにはもったいないぐらいの優良物件なんだからね!あたしがツバつけたいくらいなんだから」
「諏訪さんだったら、俺もコロッと落とされてたかも」
「ほんと、摂子と会う前に会いたかった~」
すっかり意気投合している二人を前に、私は言いたい文句を胸にぎゅうぎゅうと押しこんだまま、代わりのため息をまたも吐き出した。
「なにため息ばっかりついてんの。摂子、」
「なに!」
「あんたには理想のひとなんじゃない?」
ヒソヒソと海藤に聴こえないように耳打ちしてくる麻衣子に、私もひそめた声で強く言った。
「外面いいだけだって!本当に口が悪いし優しくないんだよ!」
すると麻衣子は、
「なに言ってんの、社会性マル、甲斐性マル、包容力……はこの先に期待だけど、理解があるし、気遣いもいいし、なにしろルックスが二重マル!これを逃したら次ないよ!」
(それは………)
麻衣子が言ってた、海藤の悪口のぜんぶ正反対で……
そしてそれは、麻衣子に言われなくたってほんとは私も分かってたことで……
「ムリムリ、諏訪さん、そいつ男の趣味、俺以外おかしいから」
「そうそう、この子が好きになるのって、海藤さん以前みぃーんな彼女持ちだったのよね、偶然」
「あー。いかにもって感じだな」
二人は、もやもやとする気持ちで突っ立った私を置いてどんどん進んでいった。
親友と彼が理解を示して仲良くなったのはいいんだけど。
それはいいんだけどっ。
(なんだかモヤモヤするなぁ……!)
なんだかなー!
人間って!
その後、麻衣子に海藤の愚痴を言うのを極力控えることにしたのは、言うまでもなかった。
end
麻衣子さんはちらっと本編でも出てます
姉ご肌の恋多き人ですが、海藤は恋人候補じゃありません