どうしようもない私に悪魔が舞い降りた
クリスマス企画もの。「もし永久影響時代の二人がクリスマスを迎えていたら」というifものになります。
ちなみに、前回のタイトルと今回のタイトルが似てますけど、別に話に共通性はありません。
そして槇原さんもじってすみません<(_ _)>歌も関係ないです多分。
メールで「今日これから来い」と、珍しく遅い時間に呼び出された。
あれからずっと「命の恩人」という名の暴君から命令を受け続けている私は、「はあっ」と、憂鬱な様なそうでないような微妙なため息を吐きだして足を踏み出した。
世間さまでいう普通の「クリスマス」は、到底送れないのだ、と覚悟して。
・どうしようもない私に悪魔が舞い降りた・
確か今週は予定が立て込んでいるとかなんとかで、随分忙しい、というようなことをぼやいていたアレは、それじゃあガセネタを吹き込んできたというのか。
「……よー」
「こんばんは……」
この不機嫌そうなツラを玄関で眺めるのは、もう幾度目になろうか、数えたくもない。
それだけに、今日は一段と不機嫌さを露わにしている海藤久成の変化を、私はいち早くに察知してしまっていた。
(あ~あ、なんだろ、この苛々具合。もしかして新しい彼女に振られたとか?)
立て込んでいた予定がそのせいで空白になってしまったとしたら、なんというバッドタイミングだろうか。
これが、私とまったく関係のない次元のカップルの与太話だったとしたらどんなによかったか。
もし海藤が私の予想した理由で暇を持て余してしまったのだとしたら、私は相手の女性に一言こう言ってやりたい、フるなら時と場合を考えろ、と。
―――いけない、いけない、ちょっと荒んでるぞ、私。せっかくクリスマスなんだから、例え海藤久成の家だとしても楽しまなくちゃ。
果たして楽しめる状況下に居られるのかは置いておくとして。
「メシ。あと、風呂入ってくるからその辺片しといて」
「はいはい……」
「ちっ。全部顔に出てんぞ。少しは『媚』ってもん売れねーのかよ」
あんた以外だったら大安売りですけどねと言いたいのをぐっと堪えて睨むと、不穏な空気が漂ってくる。
けれど珍しく目を反らしたのは海藤の方で、そそくさと着替えを持ちだすと「バタン!」と物凄い勢いで扉を閉めて入浴を開始した。
億劫になりながらも、これ以上あたられたら堪ったもんじゃないので、さっそくご飯を作ろうとするが、ふと片づけも頼まれてしまったことを思い出して部屋を見渡す。
相変わらず閑散としている部屋だが、にわかにガラステーブルの上とその周辺がごちゃっとしているのは確かで、腕まくりをしてから片づけに入った。
(ん?)
そこで思わず目に入ったのは、男性雑誌の読みかけのページだ。
『彼女に贈るクリスマスプレゼントランキング』という俗っぽいタイトルがデカデカと踊っていて、有名ブランドの香水やアクセサリーが多種掲載されている。
こういうの、読まないまでも分かりそうなのにな、と意外な心持ちでそっと本を閉じて、とりあえず見なかったことにしようと心に誓った。
なんとなくだが、彼女に振られたという線が濃厚になってきた気がしたのだ。
青ざめながら片づけを終えていざ料理に取りかかろうとシンクの方へ移動すると、そこでもなんだか気になる代物を見つけてしまう。
有名なオジサンの描いてあるロゴの白い袋に入っているこれはもしや……
袋からほかほかの赤い箱を取り出してみると、部屋中に漂う美味しそうなチキンの匂い。これで分からいでか。
―――もしかして……
そこで私はある仮説をたてた。
彼女に振られたどころではない、振られてなおかつ、これはクリスマス当日にすっぽかされたのではなかろうか。
―――さ、最悪だ!
私は恐る恐る、背後を振り返って冷蔵庫を開いて見た。
すると、すっからかんがデフォのその中には、まるで似つかわしくない例の代物がデンと大きく場所を占領していた。
飲料ラックにはやはりといおうか、ちょっと値の張りそうな赤ワインのボトル。
―――嘘でしょ、もー。
私の推理はほぼ当たっているらしいことが証明されてきた。
この状況下でこれ以上どう海藤に対応していけばよいのか。
うんうん悩んでいると、入浴を終えた海藤久成がラフなジャージ姿で「おい、メシ」と居丈高な声をかけてくる。
もちろん慣れてきたが、今日と言うこの日にそう言われていることに違和感を覚えまくりな私は、つい聞いてしまっていた。
「あの~……海藤、さん」
「だから『さん』とかつけんなって言ってんだろ、気持ち悪ぃな」
「きょ、今日って確か、忙しいとか言ってなかったっけ?」
「は?知らねーよブス。いいからメシ」
ブっ……言うに事欠いてブス!?
完全に頭に来て、私は思わず本音をぶちまけていた。
「だって!もう用意されてるじゃん、ちゃんと!チキンにケーキにワイン!私、あんたに助けてもらったけど、さすがに彼女の代わりなんてできない!どうせ相手してくれる人ならたくさん居るんでしょ?他をあたってよ!」
「は?だれが彼女の代わりとか言ってんだよ勘違いしてんじゃねぇよ!食いてぇから買って来たんだよ悪ぃかよ!彼氏もいねぇいい歳した女を思い出して世間並みのクリスマスを提供しようとしてやった俺の親切心だっつの。馬鹿じゃねぇの?」
「なっ……」
じゃ、じゃあ、じゃあなんでメシ作れとか言うのよ、素直に一緒に食べようって言えばいいのに、てゆうか、なんで海藤なんかに憐れまれなくちゃなんないのよ、あんたに呼び出されなきゃ私だって……そりゃ、会社の飲み会だけど、それなりの予定があったんだから!
という言葉が吐き出せずにつまったままの私に、憤懣やるかたなしといった感じの海藤のきつい視線が刺さって来る。
―――あーあ。
本当に、一体私たちの関係ってなんなんだろうって、つくづくワケが分かんなくなってくる。
クリスマスに呼び出されて、食事もシチュエーションも整っているって言うのに、肝心の二人の関係性だけが曖昧なままなのだ。
―――関係って、別に……
なんか、これじゃ私が海藤となんらかの関係になりたいみたいじゃないか、何考えてんだろう。
込み上げてきそうになった涙を拭って、睨み合いの戦場から降りる。
馬鹿みたいだけど、海藤がきつい言葉ながらに暴露した、私の為に買って来たものだという真実に、少しだけ絆されたのかもしれない。
それでもなんだか素直になるのが癪だったので、「仕方ないから付き合ってあげるよ」と言うと、ようやくご機嫌になった時の海藤の笑みが、酷薄な顔に浮かんだので、思わずのけぞった。
「こっちの台詞取るんじゃねーよ。つーか言質取ったからな」
「は?え?」
「今日はとことん付き合ってやるよ。杉田摂子サン?」
とことんって、と、突然なぜか迫って来た海藤に言うと「オールで」という恐ろしいセリフが返って来て、後ずさらずにはいられない。
思いがけない海藤の本音を聞いて私はすっかり忘れていたのだ。
海藤が彼女に振られたのでもなく私の為に用意していたというクリスマスの為のそれらは、彼が私とその日を過ごすつもりで買ったという、驚愕の事実を。
その見返りは一体何なのか。
何を企んでこんなことを考え付いたのか。
もっと早くにそれについて考えなければならなかったのに、悪魔の笑みを浮かべた目の前の相手に襲いかかられては、もうアウトだ。
呑まれるしかない。
「覚悟しろよ」
「お、お手柔らかに……」
そして相変わらず何がしたいのかよく分からない相手と、それでもなんとか付き合っている私は、はたから見たら馬鹿な女でしかないだろう。
けれど寂しいよりはマシかな、なんて能天気な感想を抱いてしまったのは、もうじゅうぶん毒されているからか。
この天使の様な気遣いを見せる悪魔には、それだけの魅力が少しでもあるのだろうと、今日だけはクリスマスに免じて認めてやってもいいかもしれない。
そんな風に思いながら、場の雰囲気に流されてしまう、どうしようもない私だった。
終わり。
作者であるにも関わらず永久影響時代のリズムが思い出せずに苦戦しました……




