恐怖の専用車両
人がごった返す駅の中、男はイライラしていた。
昨日上司に押し付けられた仕事を徹夜明けで取り組んでいたため一睡もしていないのだ。しかもその甲斐なく終わっていない。そのため今日は会社に怒られに行くようなものなのだ。そして朝ナーバスになっていた男は妻と些細な事で喧嘩してしまった。
(…くそ、ついてない。ああイライラする)
男はホームに降りる階段の途中で誰にでもなく悪態をついた。
(……ん?)
すると前方でお婆さんがゆっくりゆっくりと階段を降りているのに気づく。いかにも足腰の弱そうなお婆さんだ。男の直線上にいるので必然、男もゆっくり降りることになる。
(…邪魔だな)
普通ならお婆さんを気遣うのが道徳だ。しかしそれをみた男は降りるスピードを落とすどころか一気に駆け降りた。そして通り過ぎるときわざと肩をぶつからせる。
「……あ!」
その衝撃でお婆さんは派手に転げる。お婆さんが持っていた荷物が階段に散らばった。お婆さんは痛そうに顔をしかめている。その様子を後ろ目で見た男は多少なりとも罪悪感を感じたもののスッキリした気持ちになった。男はお婆さんを助けることなく歩を進めた。
(…ハ。ちんたらしてんのがいけないんだよ)
その勢いのままホームの端まで行く。
(……お?)
すると誰も並んでいない乗車入口線を発見した。周りはどこも行列ができているのにそこだけ並んでいない。
(…ラッキー)
男は不思議に思うこともなくそこに並んだ。
(…こんなとこでついていてもしょうがないんだけどなあ)
そう思う男は既にお婆さんのことは覚えていない。男にとってはただの八つ当たりでそれ以上でもそれ以下でもない。お婆さんの安否などどうでもよいのだ。
そんな非情な男の後ろに一気に五人の乗車客が並んだ。気になった男は何気なく後ろを盗み見る。
そこにはとてもがたいの良い大男が五人立っていた。全員ボディービルダーのように筋肉隆々としていて浅黒い体をした男達であった。
それだけならばまあ普通である。しかしその男達は全員ニコニコと満面の笑みでこちらを見ていたのだ。目があった男は慌てて目線を前方にもどす。
(…何だこいつら。気持ち悪いな……)
男は顔をしかめながらそう思った。
ホームに電車到着を告げるベルが鳴り響いた。男はやっと来たかと思う。数秒後激しい金属音と突風を纏いながら電車がホームに侵入した。
風を浴びながらふと、下を見る。
そこには『0番号車』と書かれてあった。
(…0なんてあったっけな?)
電車が停止した。
顔を上げる。
そこに停止した車両の窓ごしには後ろの男達と同様の体つきの男がたくさん詰まっていた。ぎっしりと。全員ニコニコとこちらを見ている。
車両の横には『男性専用車両』と書かれてあった。
それを視認し、脳で事の事態を把握した男は咄嗟に逃げようとした。しかしそれは叶わなかった。なぜなら後ろの男達が男をガッチリホールドしていたからだ。男は青ざめる。
ー扉が開いた。