二日目 儀式。
お姫様の謎の来訪と翻訳呪文の効果が切れた事実を知った俺はまた色々と悩む……事もなくすぐ眠りについていた。
やっぱ、疲れてたんだなあ。
それはいいとして。
起きてから(正確にはメイドらしき人に起こされた)朝食の時にソウジさんから特性を調べる儀式をやるといわれ、俺は今ソウジさんと一緒に中庭に来ている。リコさんはいないみたいでとりあえずひと安心。
どういう儀式かもわからないし、正直不安だ。
しかも、何故かギャラリーみたいな人達もいるし。
その中にお姫様もいるし。
昨日の事……何か用件があったんだろうか?
と、考えてると、隣にいたソウジさんから手を引っ張られる。
「これから儀式をやるぜ。エムナイルのところへ行こう」
えっ、エムナイル?
まだ謝ってないのにあの人の前に行けと?
気まずすぎるよぅ。せめて、謝罪の場を設けてから……って、引きずるなあ!
例え、両手で離そうとしても到底無理、というぐらい力強く掴まれ、ソウジさんに引きずられていく。
そして、エムナイルの目の前で離された。
あっ、目が合った。気まずい……。
「おはようございます。エイタ様」
しかし、エムナイルは最初に会った時と変わることなく、恭しくあいさつをしてくれた。
あれっ、まさか怒ってない? お姫様といい、心が広いのか?
ここでそれを聞くのもアレだしなあ。どういう態度をとればいいのか。
「エムナイル様。エイタなんですが、翻訳呪文の効果が切れてまして」
ソウジさんが慌てた様子でエムナイルに言った。
なんで……あっ、そうか。昨日の夜お姫様がソウジさんに言っておくって言ってたっけ。
おお、危ない。うっかりにこやかに挨拶してたら、怪しまれるところだった。
普通、言葉が通じなかったら、苦笑いとか愛想笑いが定番だもんな。
しかも、エムナイルには俺の言葉は通じないけど、ソウジさんには通じる。
おはようございます、なんて言った日には、疑われるに違いない。
そうだ。俺が相手の言葉だけわかる事を知られてはいけないんだった。
本当、危なかった。考え事してた俺ナイス。そして助けてくれたソウジさんもナイス。
まあ、目上の人が挨拶してきたのに、無視したように振る舞っていた俺が悪いんですけどね。
「おおっ、そうでしたね。あれは半日程度しかもたないのでしたな」
これはうっかりしてた、とエムナイルがぽんと手を叩き、二、三度頷く。
そして、両手を前に出し、何やらブツブツと唱えると、両手が光り始め、エムナイルの掛け声と共にその光は俺に吸い込まれた。
「どうでしょうか?」
と、言われても成功しているかは体ではわからないんだけど。あんたの言葉は最初から聞こえてるし。
「えーとっ……」
なので、お茶を濁したように返す。ああ、相手のだけ聞こえるの面倒くせえ!
「成功しましたな」
俺の言葉がわかったのか、エムナイルはほっと一息をついた。
最初の時もエムナイルは成功したか確認してたけど、もしかしてこの魔法って難しいのか?
「改めましておはようございます。エイタ様」
「おはようございます」
ようやく、挨拶を交わす事ができた。本当面倒くさいな。
「では、さっそくなのですが特性を調べる儀式を行いたいと思います。エイタ様、あちらにお座りいただけますか?」
エムナイルがそう言って右手で指した場所には、魔法陣らしきものが描かれていた。
なんで魔法陣らしきものかっていうと、それが地面……中庭は一面芝生なんだけど、そこには描かれていない。
エムナイルが翻訳呪文を唱えた時と似たような光が円を描いて宙に浮いているんだ。
普通なら、魔法陣って地面に描かれてるのを漫画とかで見た事あるけど、浮いているのは見たことない。
この世界では魔法陣は浮いていて当たり前なのだろうか。
「えっ、あそこですか?」
「はい。あの中心でお待ちください」
中心!? えっ、あの光を横切らなきゃいけないのか? なんか怖いな。
あっ、そう言うことか。だから宙に浮いているのか。
ある事に思い至った俺は、迷わず魔法陣へ近づき、四つん這いになる。
そして、魔法陣に触れない様に注意しながら中心まで進み、そこで立ち上がる。
思った通り、中心には光が無い。
たくっ、説明不足だぞエムナイル。
で、次は何をすればいいんだ?
エムナイルに次の指示を聞く為に彼の方を向くと、あれ? 呆然としているぞ?
エムナイルの隣に居るソウジさんに目をやる。こっちは笑っている。
なんなんだ?
「あっはっは。エイタ、その光には触れても大丈夫だぞ?」
「えっ? そうなんですか?」
なんだよ。そりゃあエムナイルも止まるはずだ。たくっ、説明不足だ。……恥ずかしい。
「オホンっ。それでは、儀式を始めます」
気を取り直したエムナイルが儀式を始め出した。だから、説明不足だー!
俺の心の中の抗議は勿論誰にも届かず、エムナイルがまたもやブツブツと言いだした。
その間、俺を中心とした光はゆっくりと赤く変化していく。
おぉっ、なんか魔法っぽい。
「ぬう……おかしい。普通なら多少は反応があるのだが」
途中、エムナイルが怪訝そうに首を捻る。あれっ、俺なんか変なの?
「ぬう……どういう事だ?」
光が赤から青に変わった時、エムナイルが再度疑問の声を上げた。
なんだなんだなんだ? どうしたんだ?
聞きたいところだったが、エムナイルの顔がみるみる険しくなっていくため、声をかけれず。
ソウジさんも、真剣にこちらを見つめている。
儀式の中心は俺なのに、なんでその俺が何もわからないのだろうか。
そう、答えは説明不足だ。終わったら文句いってやろう。
その後も光が黄色くなったり、紫色になったりしたが、エムナイルの顔は険しいまま。
もうどうでもいいから早く終わらせてくれ。
そう思ってあくびをしたその時。
灰色に変化した光が突然強く光り出した。
うわっ、何なんだこれ!?
さらに光はぐるぐると回り始める。ううっ、酔いそう。
光はさらに高速で回り始め、やがて徐々にその光が俺に近づいてきた。
なんか怖い、と思ったのも束の間、光は一気に俺の中に入っていき、消えた。
辺りは静まり返っている。誰も口を開こうとはしない。プルプル震えている人はたくさんいたけど。
何回か見渡しても誰も何も言ってこないので、仕方なく俺から聞く事にした。
「あの、結果は?」
その問いかけに、エムナイルはにっこりと笑う。他の人達と同じく震えていたソウジさんは、目を輝かせ一直線に俺の方に走って来た。
「大当たりだっ!」
ソウジさんの突然の熱い抱擁。
何がなんだかわからないぞ?
ってか、凄い痛い。
「防御系だ! 防御系だ!」
えっ、防御系だったの!?
あれ? たしか、ソウジさん達が求めていた特性は……。
ソウジさんの歓喜の声を皮切りに、周囲にいた人となり達からも次々と歓声が上がる。
静寂から一辺、お祭り騒ぎとなった。
「これで魔王の卵と戦える!」
「魔王に恐れる日々とおさらばできるぞ!」
「魔王がいなくなれば魔物もおそってこなくなるよな!?」
「修繕費用で宝石買っちゃおうかしら?」
などなど。
まるで既に魔王の卵を倒したあとの様な光景だ。
そう、誰もがこの結果を喜んでいるのだ!
……俺を除いて。
喜べるはずもない。
だって! ソウジさん達が望んでいた特性だったってことは、俺も魔王討伐兼魔王の卵破壊の旅に行かなくちゃいけないってことだろ!?
嫌だー! 絶体嫌だ! 死ぬに決まってる!
「よしっ! これでいける! よしっ!」
ソウジさんは待望の防御系魔法使いを見つけて有頂天だ。
俺は地獄行きの切符を無理矢理渡された気分だ。
「すぐに……すぐに修行を行いましょう!」
エムナイルまでちょっとテンションあがっている。
って、修行?
「修行するんですか?」
「当たり前でしょう。才能があっても知識がなければ魔法は使えませぬ」
げっ。地獄の旅の前に地獄の修行もあるのかよ!?
嫌だー。疲れる事したくないしたくないしたくない。
「エイタ様、やりましたね!」
おおっ、姫様。いつの間にエムナイルの横に?
それよりも……なんとまあ嬉しそうな表情だこと。
その場でぴょんぴょんと跳ねているその様はすごく可愛いけどさ、一緒に喜ぶ気にはなれないよ、俺。
「修行頑張ってくださいね! 応援してますから!」
そう言って、お姫様は俺の両手をぎゅっと握り、ぶんぶんと上下に振る。
女の子の手、凄い柔らかいし、間近で見るお姫様はめっちゃ可愛いけど、可愛いけど、可愛いけどおおおおおっ!
俺はやりたくないんだよおおっ!
「私、お昼ごはん作ってきますね。後で一緒に食べましょう」
お姫様の手料理。あんな可愛いお姫様の手料理。あんな柔らかい手で作られた手料理。
た……食べたいかも。
「頑張りますっ!」
言っちゃいました。いや、修行ぐらいだったら、自分の身を守る為にも必要な事でもあるし。
地獄の旅までまだ時間があるんだから、地獄の旅を拒否する理由を見つけるまでは修行してもいいかなって思ったわけだよ。
決してお姫様の手料理が食べたかったり、お昼の時に色々話したり、彼女が作った料理を手に取る時ちょっと手が触れ合う事を期待しているわけではないんだ。
そう、決して下心は持っていないのだ!
……なんだか胸が痛いが気にしない気にしない。
「よしっ、やるぞ!」
いきなり気合の声を上げ、にやりと笑うソウジさん。あんなに有頂天だったのに、お姫様との会話をちゃっかり聞いていたらしい。
どうでもいいけど、女子との会話(俺は一回しか話してないけどね)を他人に聞かれるのは恥ずかしいな。
「うむ、やりましょうぞ!」
そして、同じく話を聞いていたらしく、気合が入ったエムナイル老人。
うーん。二人の気合の入り方が凄い。
なんか、選択を間違えた気がするなあ……。