先輩2はとても怖い人
それは良いとして、ソウジさんが出てしまって二人きり……。
女の子と二人きりとか、そんなシチュエーションは姉以外だといつぶりだろうか。
だが、そんな思春期男子が羨みそうな状態なのに、なんとも居心地が悪い。雰囲気が変わったと言うのだろうか。
なんかピリピリとする気が。
そろりと、リコさんを見ると、先程までの元気が良さそうな、それでいておっとりとした表情はどこへやら、不機嫌全開でこちらを睨んでいる。
俺、何か悪い事した?
「ソウジが言うから、質問には答えてあげるけど、変な勘違いしないでよね?」
へっ? さっきとはまったく態度も話し方も違う。
「聞いてるの?」
凄まれて、思わずはいっと答えてしまう。背筋までもがしゃきっとしてしまっている。
な、なんだなんだ? 彼女、もしかして、物凄い二面性があるのでは……。
「で、質問あるの?」
ううっ、不機嫌そうに言われると、言いにくい。けど、質問しないと俺も困るし、文句言われそうだし……。
意を決して、俺は聞きたい事を聞く事にした。まず、一番大事なのは……。
「元の世界に戻る事は可能なんですか?」
これが一番大事だよな。帰れないなら、ソウジさん達と頑張る意味ないし。
「今、かなりその研究は進んでるわ。まだ完成はしていないけど、その日はそう遠くないはずよ」
予想と反して、ちゃんと答えてくれた。気が乗らないのは手に取る様にわかるけど。
けど、これならどんどん質問していいかも。
「本当にこの世界は異世界なのですか? 日本とは違う異国とかじゃ?」
異世界前提で話されてきたし、話してきたけど、どうしても信じられない。
だって、起こりえない事だ。それが自分に起こっても、現実の世界で起こり得ない事が何回か起きても、信じたくないよ。
「残念ながら100%異世界よ」
だが、リコさんから発せられた答えは、やはり信じたくない現実を突き付けられる結果となってしまった。
マジか……まあ、帰る手段があるだけマシなのか。
これはもうどうしようもない事実の様なので、気を取り直して次の質問。
と言ってもそう簡単には無理だけど、聞きたいことがまだあるので我慢。
「本当に魔王を倒しに行くのですか? それに、本当に僕も魔法を使えるのですか?」
「どちらも本当。倒しに行くのはエイタ次第なんだけどね」
んっ、どういう事だ?
「と言うと?」
「あんたが、私達が求めている魔法の特性があれば、の話よ。なければあんたはお留守番」
それはなんという朗報! って特性?
「全ての人には得意な魔法があるのよ。ソウジが攻撃魔法、私は回復魔法と攻撃魔法。それで、求めているのは防御魔法」
質問言われるのもうざいのか、先を予測して話し始めるリコさん。
ありがたいけど、なんかぞんざいに扱われている気分。
まあ、とにかく、俺は防御魔法の特性とやらがなかったら、何もしなくても元の世界に帰れると言う事か。
それだったら、ちょっとした小旅行だと考えれば、耐えられるかな。
聞きたかったのはこれぐらいかな。
あっ、そう言えば、大事な事を忘れていた。
「なんか、僕を呼びだす時に翻訳呪文に失敗したとかで、エムナイルさん達と最初話せなかったんですけど」
「ああ、エムナイルさんも凄い魔術師だけど失敗はあるもんよ。面倒だけど、仕方ないって割り切るしかないわね」
「リコさんや、ソウジさんはどうなっているんですか?」
「ソウジは独学でここの言葉覚えたみたいよ。私も少しはわかるけど、翻訳呪文に頼っているわ。自分で使えるし」
ど……独学? す、凄い。
五年もいれば覚えてしまうものなんだろうか。いや、俺には無理だ。
ん? 待てよ。という事は。
「僕、何故か相手が話す事だけはわかるみたいなんですが、これってどういう事なんですか?」
「えっ、話だけわかるの?」
「はい。で、日本語だと思って話しかけたんですけど、伝わらなくて、その翻訳呪文? とか言うものをかけられたみたいで……」
「それ、今私しか知らないんだよね?」
「えっ、はい」
それきり、リコさんは何故か黙ってしまった。
こちらからは何か言いだせる雰囲気ではなく、仕方なく、彼女が口を開くのを辛抱強く待つ事にした。
「じゃあ、それは私達だけの秘密にしておこうか」
ようやく口を開いたリコさんを見て、俺は言葉を失った。
元気で間延びしていた声をだしていた時とも、不機嫌そうに答えていた時とも違う。
何かを企んでいるような顔は、とても妖艶という言葉が似合っていて、思わず唾を飲み込む。
良く見れば、彼女は相当な美人だ。元の世界で見たら、見惚れてしまう程に。
なんで今まで気付かなかったのか……。この世界に来て初めて見た女性の顔を思い浮かべる。
ああ、あの自称お姫様……じゃなくてお姫様を見たからか。
リコさんは確かに凄い美人だけど、お姫様には敵わない。
人は顔じゃないから、それで順位を付けるわけではないけどさ。
「良い? この世界の人達は、凄く良くしてくれてるし、助けてくれてるわ」
「じゃあ、なんでですか?」
彼女の妖艶な雰囲気を見ていると、体が熱くなっていくのを感じた。
だから、自然と視線が逸れていく。それでも、テーブルをはさんだ先にいる彼女の存在感が津波の様に襲ってきているのがわかった。
「いい? ガキのあんたじゃよくわからないかもしれないけど、目に見える物だけが真実ではないのよ」
その言い方は子供を怖がらせるような低い声色でありながら、妖美さを失っていなかった。
何も知らない子供が大人が知っている秘密を聞かされている時はこんなかんじなんだろうか。
俺は彼女の小悪魔を彷彿させる様相より、話の方が気になっていた。
「それってどういう事ですか? 彼らを全面的に信頼する事が危険だと言うことですか?」
「そこまではいっていないわ。けど、元の世界でもさ、あんたの周りの人達が皆、本音をさらけ出してたと思う?」
「それは……」
言われてみれば、隣に住んでいた若い奥さん。
挨拶もきちんとしてくれて愛想の良い人だったけど、実は近所に嫌がらせをしていたんだっけ。
理由がたしか、その近所の人の顔が気に食わないとか。
姉ちゃんから聞かされた時はびっくりしたな。
あんな性格がよさそうな人がそんなことをしてるなんて夢にも思わなかったもんな。
「思わないでしょ? 疑いたくはないんだけど、ここは私達の世界じゃない。法律も違うし、いざとなっても頼みの警察もいない。言ってみれば、あちらさんに敵視されたら終わりなのよ」
俺の表情を読んだのか、満足そうにリコさんは言った。
たしかに、彼女の言うことは正しい気がする。
彼女は自分達がいかに彼らに支えられているかを知っているんだ。
食事だって、寝床だって、全てはこの世界の人たちに提供してもらっている。
もし、俺達が謀反を起こしたとしたら、それらをすべて失うこととなる。
いや、謀反の疑いをもたれただけで、だ。
たとえば、ソウジさんが来る前までに英雄扱いされていた騎士がいたとしよう。
その人はソウジさんの魔王討伐を純粋に喜ぶだろうか?
ソウジさんがいる場所はかつて、その男がいた場所だ。
ただ異世界から来た、力を持つ若造なんぞに英雄の位置をとられたなら……恨んでいたとしてもおかしくない。
今は、たとえその男がソウジさんが謀反を企んでいると進言しても、勇者と謳われているソウジさんを疑う人はいないだろうし、ソウジさんの人柄を知っている人ならば信じないだろう。ソウジさんの評判は知らないけど。
けど、それが無くなったら。たとえば魔王討伐に失敗。甚大な被害を出した時。
そう、今は成功しているから何も起きない。
虎視眈眈とその機会を狙っている人間がいるかもしれない。それを否定することはできないのだ。
もしそんなことに巻き込まれてしまえば、元の世界に帰れる可能性も低くなる。
全ては信頼で成り立っている関係だが、その信頼はたった一度の失敗で崩れるかもしれない。
よって、相手が油断する可能性がある俺の存在は必要と言わざるをえないかもしれない。
だけど、人を騙すのは気がひけてしまう。
「お願いよ。あんたしかできないでしょ?」
悩んでいるのを見越したように、リコさんが頼みこんできたのでびっくり。
うーん、俺ってわかりやすい顔をしているのだろうか。
「そうですね……」
そう言いながら結論を少しでも先延ばしにしようとたくらむ。
どうするか。
俺は今、右も左も知らない迷い子と同じだ。
だから、この世界の人たちを評価できない。
だから、俺よりもこの世界の人たちを知っているリコさんがそう感じるなら、従った方がいいかもしれない……けど、ソウジさんはこの件にはノータッチ。
うーん……仕方ない。
「考えておきます。それまでは誰にも他言しないし、結論がでたら必ずリコさんに言います」
結局でた答えは先延ばしでした。
だって、無理!
今現在、俺には心から信頼できる人なんていない。
だって、この世界に呼ばれて初日だもん。
リコさんやソウジさんはたしかに同じ日本人だけど、それが全面的に信頼する理由にはならない。
「ふーん。まあ、いっか。じゃあそれでよろしく」
リコさんは納得したみたいだ。良かった。
ほっと一息ついていると、おもむろにリコさんが立ち上がった。
そして、テーブルに乗りかかり、ずいっと、俺に近づいてきた。
そして、細く白い指を俺の顎にかける。
その冷たさにびっくりとしたが、動く事ができなかった。
彼女が突然動いたせいで、彼女を見てしまったからだ。
ぞくりと背中に寒気を感じながらも、彼女から目を離すことができない。
「なるべく早く、ね? そうすれば良いことしてあげるかもよ?」
言葉の終わりとともに、ふっと俺の耳に息を吹きかけた。
全身を駆け巡るぞくっとした感じ。
体がさらに熱くなっていくのを感じる。
彼女はさらに近づいてくる。
このままだと……キス!?
胸の鼓動は高まり、息をすることも忘れる。
「じゃあね。絶対ソウジには内緒よ。よろしくおねがいしますー」
しかし、あと少しというところで、リコさんが止まる。
しかも、キャラが戻った。
そして何も言わず、動かない俺に手を振り、リコさんは出て行ってしまった。
ようやく小悪魔空間から解放された俺はほっとした瞬間今まで緊張やらで感じていなかった疲れが一気に押し寄せ、椅子にへたり込むように座った。
「驚いた……」
いや、マジで。
彼女の魅力にやられるところだった。いや、あれ以上やられていたら危なかった。
なにより恐ろしいのは、彼女がこちらの心境をわかりきってやっていることだった。
生殺し。もし、私に協力するならこういう特典があるかもよ、と見せつけたのだ。
厄介な事に、それは約束ではない。だから、仮に協力しても、必ずしも彼女がその特典をしてくれるかは定かではない。
仮に彼女にしっかり約束を取り付けようとしても、無駄だろう。
俺とあの人では経験値が違いすぎる。
俺が知らないところで、抜け道を作るはずだ。
さらに怖いのは、それを知ってでも協力してみたくなるほどの彼女の魅力だ。
俺も、あの自称……いや王女を見ていなければ速攻でやられてたね。
まさに小悪魔。恐るべし。