先輩1はどこか憎めない変な人
あれから、兵士も追い付き、俺達は城へ戻っていった。
同じ日本人と言っていた青年はソウジと言う名前だそうで、自分がいなくなってからの現代の話に興味があるのか、帰路は終始その話題だった。そう、それこそ俺が自己紹介を挟めない程の。
お陰で聞きたいことがいっぱいあったのに、なにも聞けずじまい。
後でまたそっちに行く、とだけ残して結局、元の部屋に戻されてしまった。
時間にして、二時間強。
たったそれだけしかこの場を離れていないのに、えらく懐かしい。
あの獣との出会いがあまりにも強烈で、俺の体内時計は既に夜。
遠足で疲れて帰ってきた小学生の気分だ。
もっとも、俺の遠足は楽しさとは無縁のものだったけど。
そんなわけで、俺は今、一人取り残されたまま、紅茶と思われる物を啜ってソウジさんを待っている。
メイドさんが煎れてくれたんだけど、紅茶の味そのもの。
紅茶に対して造詣が深いわけでもないんどけど、紅茶の味なのはわかる。
この飲み物からしても、異世界って思えないんだよなあ。
俺が無知なだけで、元の世界とは味がちがうのかなあ。
そんなとりとめのないことを考えていると、ドアを叩く音がした。
どうぞ、と言うと中に入って来たのはソウジだった。
「遅くなってすまん」
片目をつむって謝る青年はどうみても日本人。
先程までの鎧装ではなく、ベージュの布の服に身を包んでいた。
その様はやたらに似合っているけども。
背も高いし、かなりのイケメンだけれども。
その顔は確かに日本人……だよな?
あれ? 自信がなくなってきたぞ。
ソウジを日本人と感じられなくなっている俺を余所に、ソウジはテーブルの席についた。そしてその横の席に、一人の女性が座った。
ええっ? どこにいた?
「あの、その……」
なんて言ったらいいかわからず、しどろもどろになる俺。だって幽霊だったら怖いし、幽霊だったら話しかけちゃだめとか言うし。
ソウジに視線で合図をすると、ソウジは豪快に笑った。
こっ、今度はなんだよ?
「ああ、すまん。俺の後ろに居たからお前には急に現れた様に見えたか」
ソウジが手で促すと、女性がにっこりと笑う。
えっ、ああ、人間?
なんだよ。一瞬、いや、長い事ドキッとしたじゃないか。
「驚かしてごめんなさいねー。私はリコって言うの。私も日本人だよ。よろしくねー」
何とも言えない間延びした声が部屋に響く。なんだろう。おっとりしてるというか。
というか、この人も日本人? 一体何人呼ばれてきてるんだよ……。
「俺は六年前、リコは三年前に連れてこられたんだ」
「ソウジは魔王を倒した事がある正真正銘の勇者なんだよー」
なんだろ。話を勝手に進められているが。
俺が知りたいのは、本当にこの世界が異世界なのか、という事なんだけど。
「あの――」
「前の魔王が生まれたのが五年前だから、今年また魔王が生まれる」
あれ? 俺の話なんて聞く気なし?
「いや、それよりここは異世界なのですか?」
「今回はさらに凄い事をしようとしているんだよ。ねー」
いや、ねーじゃなくて。話聞いていないし。しかも、聞き捨てならない事言ってるし。
次々と話し出す二人を見て、俺は諦めた。
好きに話をさせてやることにする。
「魔王が何故生まれるか知ってるか? 魔王の卵ってのがあって、そこから魔王が五年おきに生まれるんだ」
「えっ、魔王ってそんな簡単に生まれてくるもんなんですか?」
ゲームとか小説では魔王は何百年の眠りについていたり、封印されていたりするのが普通だけど。
「まあ、そこがゲームと現実の差だな。実際は、魔王は放っておくと増えていく一方だ」
お手上げと言わんばかりにソウジは肩をすくめた。
そんな、魔王を掃除していない部屋の埃みたいに言わなくても。
と言うか、今の質問には答えるんかい。
「けど、魔王はソウジさんが倒せるんですよね? なんで僕は呼ばれたのですか?」
「今まで通り、魔王を倒すだけなら、俺一人いれば良かったのかもしれないが、俺だって帰りたいからな。元の世界に」
そう言うソウジさんは、遠く別れた恋人を想う様な表情を浮かべていた。
やっぱり、元の世界が恋しいよな。
はっ、あの顔に騙されそうになったけど、今の答えは俺が呼ばれた理由にまったく触れていない。
「それで僕を呼んだのですか?」
「まあまあ、慌てるな。なあ、少年。俺が元の世界に戻る為には何が必要だと思う?」
「必要? 元の世界に戻る術とかですか?」
「それもそうだが、この世界が平和なら俺達は必要なくなるだろ?」
それは確かにそうだけど。何が言いたいんだろうか。
「魔王は、五年おきに生まれてきてしまうんだ。このサイクルを壊さない限り、俺達は元の世界に帰れないし、もし俺達が死んだら、また新しい勇者を求めて呼ばれてしまう」
確かに、生まれてきてしまうのなら帰れない。余所から人を呼ぶって事は、この世界の人では太刀打ちできないからだろうけど、それも怪しいんだよなあ。
エムナイルが魔法的な何かを使ったのをみて、どうにもこの世界の人間達よりも俺達の方が強いなんて思えない。
「つまり、魔王を生みだす卵を壊す為にキミは呼ばれたのよー」
リコさんが喋るだけで、その場の雰囲気が壊される。
俺、彼女苦手かも。
それは置いておいて。つまり、その魔王の卵を壊す為に俺が呼ばれたわけだ。
見たところ、ソウジさんは体育会系って感じで強そうだから良いけど、俺と女性のリコさんはどう見ても戦力外だと思うんだけど。
「そう、というわけでよろしくな少年! 名前なんて言うの?」
話終わらせた! 全然話わからないけど!
この人達を主導に話を進めていては俺は何もわからないままだ。
「あっ、神沼栄太と言います。それで、魔王を倒す為に僕が呼ばれたと言う事ですが、そんな力、僕にはありませんよ?」
なんとか、話を続けるように質問を投げかける。
ソウジさんの質問にはちゃんと答えている俺って、やっぱ優しいな。
「じゃあ、エイタでいいか? 俺の事はソウジで良いよ」
「私もリコでいいよー」
年上っぽい人を呼び捨てにするのは嫌だなあ。
まあ、何度かさんづけして、また断られたら呼び捨てにしようかな。
「それで、エイタ。現実の世界では弱かったかもしれないが、ここでは違うんだ」
にやりと笑うソウジさん。いや、弱かったとは言っていないけど……。
「俺達はこの世界の人達よりも、強力な魔法を使えるんだ!」
ビシッと決めポーズまでつけるソウジさん。
こ、ここは驚くべきところなのだろうか。
「なんだ、嬉しくないのか?」
今度はむすっとした。あっ、やっぱ驚くところだったみたいだ。
「いや、実際使ってみないとわからないですから」
とりあえず言い訳してみる。ソウジさんはそれでも胡散臭そうな視線を崩さない。
なんだか、冷静に返事をする俺に不満があるみたいだけど、俺を冷静にしているのはソウジさん本人なんだからね。
「まあ、そうか。じゃあ、その辺りは明日教えるよ」
若干拗ねているソウジさんは、そのたくましい体つきとイケメンに反していて、どうにもおかしい。
けど、笑うと余計拗ねそうなので、なんとか堪える。彼、本当に俺より年上だよな?
「じゃあ、そう言う事で、俺はこれから用事があるから、後わからない事はリコに聞いてくれ」
そう言ってソウジさんはリコさんに声をかけた。
はーい、と元気よく答えるリコさんだが、彼女と二人きりにされるのは避けたいな。
どうにか彼を止まらせる方法はないかと思案したが、ソウジさんはさっさと部屋を出てしまった。
話は回りくどいのに、行動は早いとかどういう事だよ……。