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その涙の真偽はわからない

「あのー」

 おそるおそる声をかける。が、リコさんの反応はない。

 仕方ない。とりあえず言ってみよう。

「えーっとですね。今抱えている問題が問題ですし、無駄に抗うよりその流れに乗った方が良いかと」

「どういう意味?」

 リコさんが反応した。しかし、それは興味があると言うよりは、俺の言いたい事がわかった上で聞いてきたように見える。

 今までにない鋭い目に、俺の体は否も応もなく震えてしまう。

 斬首を前に言い訳を言う罪人の様な気持ちになってきた。何を言っても結局殺される、みたいな。

 何か良い回避案は無いかと模索しようとするが、リコさんの圧力で俺の口は勝手に動いていく。

「その、ですね。要するに、俺は魔法の才能がなくて、結局魔法が使えなかった事にすれば、ソウジさん達に魔法を見せる場面がなくなるというか」

「あんた、討伐に行くの嫌なんでしょ?」

 グサッ! 俺の薄っぺらい嘘を、リコさんの言葉が容赦なく突き破る。

「そ、そんなことないですよ」

 と、なんとか言葉にしたものの、嘘がバレそうだという緊迫の場面に、俺は冷や汗を禁じ得ない。

「だからやる気がないわけね。けど、防御魔法は自分の身を守るには役立つから一応習ってる。そんなとこでしょ?」

 俺が思っていた事を当てられ、心臓の鼓動が一際大きくなった気がした。周囲の音も聞こえなくなった。

 まるで、今リコさんの前で全裸になっているのかと錯覚してしまう程、俺の心は剥き出しにされてしまった。

 女性なのに魔物と戦うリコさんに対して、俺は後ろめたい気持ちがあった。

 凄い、憧れる! と思う反面、俺は嫌だと思っていた。

 だけど、それを表に出したくはなかったのだ。こんな俺でも、悪魔の様なリコさんに対しても、男としてのちっぽけなプライドがあったのだ。

 だから、俺はその討伐に行かない理由がいかに正当なものにできるか考えていたのだ。

 だが、その甘い考えは造作なくうち破られた。

「あんたは元の世界に戻りたくないの?」

 音の無い世界に、リコさんの声が波紋を浮かべた様に耳に届く。

「帰りたいに決まってますよ」

 かろうじてそう言えた。それが火に油を注ぐ行為だとわかっていても、何も考えられない俺にはそう言うだけで精いっぱいだった。

「帰りたいのに、帰る為にする、辛い事はあたし達に負わせるってわけ?」

「だって、お二人は強いじゃないですか」

 リコさんが限界寸前なのがわかる。パンパンに膨れ上がった風船みたいなものだ。

 そして、俺はそれに針を刺す愚行をやってしまった。

「はあ? 最初からあたし達が強かったとでも言いたいわけ? あたし達が辛い修行をしていないとでもいうわけ? なんであたし達がそんな事をしていたかもわからないの?」

 リコさんの怒りは止まらない。

「元の世界に帰る為に頑張って来たのよ? あたし達だって何もしないで帰れるなら何もしないわよ!」

 正論だった。当たり前だ。誰だって何もしないで良いならするわけがない。

 この異世界において、誰も頼れる者がいなかったから、ソウジさんは自分で道を切り開いたのだ。

 なんで、ソウジさんが五年以上元の世界に帰っていないかわかった気がする。

 多分、元の世界に帰る魔法についての研究は最近行われたのだ。

 ソウジさんが魔王討伐の成果を上げ、そして魔王の卵を壊して初めて元の世界に帰る事を許されたのだ。

 魔王は放っておけば無尽蔵に生まれてしまうようだし、ソウジさんを元の世界に帰したら、新たに勇者を呼ばなければいけないのだ。

 ソウジさんはこの世界の住人にして見たら当たりだけど、もし一人目が俺だったら……外れである。

 外れって事はもう一度呼ばなければいけないわけだし、その間魔王は生き続けている。

 三年に一回召喚できるわけだけど、魔王は五年に一回生まれる。二回外れを引けば、魔王は二人になるわけだ。

 そうなると、魔王一人の時では当たりだった人も、外れに変わる人もいるだろう。

 それが繰り返されて行けば、当たりの確率はどんどん減っていき、いずれ当たりくじは無くなる。

 だから、ソウジさんという当たりくじを手放すわけがないのだ。

 根源である魔王の卵を壊さない限り。

「あんたが帰りたくないなら協力しなくても良いけど、帰りたいなら協力しなさいよ!」

 言い返す言葉なんて見つからない。リコさんが正しすぎて俺が言える答えなんて何も残されちゃいない。

 けど、けど俺は戦う勇気なんてどこにもないんだ。前の日の獣にだって俺は為す術もなく怯えていたんだから。

 強くなっても、その臆病な気持ちが変わるなんて到底思えないんだよ。

 リコさんは俺の返事を待っているのか、口を閉ざしたが、俺は何も言えずに立ちつくしていた。

 しばらくして、返事を諦めたのか、リコさんは再び口を開いた。

「ソウジはね。元の世界に居た頃は有名な高校野球の選手だったの。将来はプロ野球選手になると誰もが思っていた怪物。そんな将来有望な野球少年は、大雨の日に川で溺れていた子供を助ける為に川に飛び込んで……この世界に来たのよ」

 それはソウジさんがこの世界にきたいきさつだった。けど、なんか変だ。それって……。

「ソウジはまだプロ野球選手になる事を諦めていないの。元の世界に戻ったらプロテスト受けるんだって、重い剣をバットに見立てて素振りをいつもしてる」

 あっ。思いだした。野球に興味はなかったけど、100年に一人の逸材って言われて甲子園で優勝したチームの主砲の名前がなんとかソウジだった。

 ドラフト前日に事故で死んだって……死んだ?

「あたしはここに来た時、別に元の世界に帰らなくても良いと思ってたけど、ソウジのおかげで生きてみるのも良いかなって思えたから、ソウジに協力してる。今でも帰りたいとは思わないけど、時間が経ってるし、一応帰るつもりではいるけどね」

 生きて見るのも良い? なんか、ソウジさんにしてもリコさんにしても、死の匂いを感じさせる。

 リコさんの生きて見るのも良いって言葉なんて、一度現状に絶望して自殺しようとして、絶望の世界に一筋の光を見つけた後の言葉の様に聞こえる。しかも、その光はソウジさん。

 あれっ? もしかして、リコさんってソウジさんの事好きなのかな?

「あんたがなんでこの世界に来たのかは知らないし、聞く気もないわ。けど帰りたいんでしょ? だったら協力してよ?」

 もう、リコさんの顔に激昂の色はない。懇願しているようにさえ見える。

 それが、リコさんの演技なのか、はたまた本気なのか計れない……が。

「わかりました。協力しますよ」

 リコさんの頬を流れる涙なんか見せられちゃあ、俺も断れない。

 恋愛に長けていない男ってのは女の涙に弱いなんて言うけど、正にその通りだな。

 リコさんがこれ程真剣なんだから、大変な想いをしてきたんだろう。勿論ソウジさんも。

 そんな二人の負担を少しでも軽くできるなら、協力しても良いと思った。

 怖いけど。嫌だけど。女のリコさんが戦ってるんだから、やっぱ少しは頑張らなくちゃ駄目だよな。

 そう思うと、何故か体の底から今まで縁がなかったやる気が溢れるのを感じる。

 よっしゃ! 今なら滅茶苦茶修行に身が入る気がする!

「本当に? 協力してくれるの?」

「はいっ! 男に二言はありません! やる気出ました!」

 柄にもなく男前な笑みを浮かべてしまう。けど、こんなのもたまにはいいかな。

「あっそ。じゃあ、早く答え言って」

 俺のやる気を見せた瞬間、涙目だったはずのリコさんが冷めた目つきに戻っていた。

 えー? なんか元に戻った気がするんですけどー?

「あのう……あれ? なんかおかしい気が」

「良いから答え言いなさい」

 夢ではないみたい。

「えと……ちょっと待ってください」

「たくっ! やっぱ口だけね」

 リコさんの豹変ぶりに困惑したが、それに対して何か考える暇も与えられない。

 俺は怒涛の文句を浴びながら、修行していくのだった。

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