思ったより面倒な呼ばれ方をしたようだ 1
その後、リコさんは面倒くさそうにしていながらも、ちゃんと教えてくれた。
言葉や態度と違って、そういう所はしっかりしているらしい。
ツンデレってやつか? いや、デレは全く見てないから違うか。
そんなわけで、一応丁寧に教わった俺はついに魔法の実践に移るのだった。
「覚えてる? まずは風を体全体で感じる様に。両手を広げると感じやすいわよ」
ぶっきらぼうなのに親切な指導に頷き、俺は目を瞑った。
そして、両手を広げる。
ここ、中庭には風が心地よい程度の強さで吹いている。
俺は神経を集中させて、ひとまずその風を感じようとする。
さわさわと頬に当たる優しい風。広げた両手を吹き抜ける風も、鼻をかすめる風の匂いも元の世界の頃よりもなんだか気持ちよく感じた。
車の排気ガスとかないからかな? 田舎の方が空気が綺麗っていうし、文明機器がないこの世界は空気が綺麗で当たり前だもんな。
おっと、そんな事を考えている場合じゃない。
風を感じる事は出来ている……と思う。しかし、魔法を使うにはこれだけでは駄目だ。
その先のステップ……魔力を感じなければいけないのだ。
魔力ってのはそもそも、大気中に当たり前の様に浮遊しているらしい。
その魔力をどれだけ自分に取り込めるかで魔術師としての器が決まるようで、俺達現代人はその取り込める量がここの人達とは段違いらしい。
魔力の取り込める量があればある程、魔法をいくつも、いつまでも使えるわけで、それなりの修行を積めば、誰でも勇者になれる可能性があるみたい。
元いた世界でいう、頭が良いか悪いかってことだな。
元が良ければ、吸収できる知識、蓄えられる知識は膨大となり、有名大学に行けたりするけど、元が悪いと、元が良い人の数倍の努力でようやく対等になれるってやつ。
まさか、こっちの世界でエリートになるなんて……。あっちでは平凡も良いところだったもんな、俺。
いやいや、それどころじゃない。早く魔力を感じないと。
しばらく無心で風を感じる。うーん。本当に風が気持ちいい。
しかも、日の光のせいか、妙に暖かい。目を瞑っていると眠くなりそう……。
眠りを促すような暖かさは徐々に増していき……ってなんかやけに暖かいな。
「なんか暖かいなあって感じたら、それが魔力よ。それを感じながら自分の利き手の人差し指にその魔力を集める様に集中して見て」
僅かにだけど、確かに増していく暖かさに戸惑いを覚え始めた頃、リコさんが俺の動揺を察知したようだ。
次のステップへのアドバイスをもらい、俺はさらに集中する。
俺の利き手は右手だ。
この暖かい感じを右手の人差指に……。右手の人差指に……。
念じながら人差し指に力を入れると、その微かな暖かさが徐々に指に集まっていく気がした。おっ、もしかしてうまくいってる?
「その調子よ。目を開けてみて。ただし、集中する事を忘れないのよ?」
俺が思った通り、うまくいっているのか、リコさんから褒められた!
俺ってもしかして、本当に才能あるのかな?
リコさんの指示通り、集中を切らさずに目を開ける。
俺の右手の人差指がぼんやりと灰色に光っている。
すっ、すげえ! これを俺がやっているのか!?
小さい頃にこういうごっこをしてたよなあ。魔法なんて出ないのに、友達達と勇者と魔王ごっこ。
懐かしいなあ。あの頃の子供って、魔法なんて出ないのに、実は俺は選ばれた人間で何かのきっかけで魔法が使えるようになったりするとか、変に確信してたんだよなあ。
そうかあ、俺ってこの世界では本当に魔法使いなんだなあ。
うっわ! なんかテンション上がって来た!
「こら」
そんな興奮している俺に、今の状態の俺とは真逆の、不機嫌極まりない声でリコさんが水を差す。
「なんですか!?」
なんて、興奮している様子を隠さずにリコさんに振りかえった事を、瞬時に後悔した。
「あんた、何してんのよ?」
完全に目が据わっている。な、なんか俺悪い事した?
「えっ……と、すいません。調子に乗りました」
美人に睨まれる事がこれ程怖い事だとは……! だけど、ちょっとはしゃいでしまっただけでこれ程怒られるなんて……。
「あんたわかってないわね」
リコさんの眉間の皺が一層深みを増す。うあっ、謝りどころ間違えたか? じゃ、じゃあなんで怒っているんだ?
「その指!」
俺の心の疑問に答える様にリコさんが怒鳴り声を上げる。
「えっ、指?」
慌てて俺は指を見た。そこには、さっきまであったはずの灰色の光が失われた、ただの俺の人差指が見えた。
「えっ、ええええええ!?」
消えてる!? えっ、なんで?
「あんた、集中切らしたでしょ?」
「あっ……」
そういえばそうだった。俺、昔の事思い出してテンション上がったせいで、集中なんてまったくしてなかった!
うわー。厳しいリコさんがたった今言った事を俺は守らなかった。
一体どんな雷が落ちるのか……想像したくない。
「はあ……まあいいわ。もう一度集中して」
しかし、リコさんは大きな溜息をついただけで、それ以上怒らなかった。
「えっ?」
そんなリコさんに拍子抜けしてしまい、思わず間抜けな声を上げる俺。
「何よ? 早く始めなさいよ」
と、言われましても。あれほど怒っていたリコさんから何の御咎めもないと、逆に心配になるっていうか。
俺、失敗したのに怒らないんですか? と聞きたいけど、それでまた怒りをぶり返してしまうのも嫌だしなあ。
そんなリコさんを気にしながらも、微塵の度胸もない俺は言われるまま、もう一度集中して灰色の光を出す。
「もう集中切らさないでよ? そのまま宙にでも、地面にでもどこでもいいから、石の壁って書いて見て」
また集中を切らしたら、今度こそ雷が落ちるかもしれない。
俺はより集中し、石の壁と人差し指で宙に書いた。
すると、俺の人差指で書いたままの筆跡で灰色の光が石の壁と描かれていた。
そして、その文字が一際光を増したと同時、俺の目の前に大きな石が一瞬にしてそそり立った。
「うわっ!」
本当に一瞬の出来事で、目の前が急に暗くなった事に驚いて尻餅をつく。
石との距離が少し空いた事で、ようやくその石が壁の様に立っている事に気付く。
「これ、成功?」
高さにして大体3メートル、幅は1メートルにも及ばないかもしれないけど、確かにその石の壁は俺の目の前で俺を守るとばかりに存在感を主張している。
「いや、成功……だけど」
リコさんに聞いたわけでもなかったが、リコさんが答えてくれた。しかし、その言葉は妙に歯切れが悪い。
げっ、本当はもっと高くてもっと幅があるものなのか? ってことは失敗したの?
「微妙って事ですか?」
おそるおそるリコさんに聞く。リコさんの顔を見ると、驚いているようだった。
どういう事だ?
「そうじゃないけど……あんた、今石の壁って書かなかった?」
「えっ? はい。リコさんに言われた通り石の壁と書いたんですけど」
あれ? 引っ掛かるのはそこなの? 確かにリコさんは石の壁って言ったよな? 実は騎士の壁とか? 何それ、屈強なる騎士達が地面から生えたりするのか? 椅子の壁? 椅子なんかで敵の猛攻を防げるわけもないし。
えっ、じゃあリコさんはなんて言ったんだ?
「あんたは石の壁って聞こえたのね?」
動揺している俺に、リコさんは確認するように聞いてくる。
「はい……。聞き間違いじゃなければ石の壁と聞こえました。もしかして、騎士の壁……でした?」
「なによそれ。むさいおっさん騎士達が地面から生えたりでもするの?」
やっぱ違うよなあ。ところで、なんでむさいおっさんたち限定なんだ。
「あたしが驚いているのは私が言った石の壁があんたには石の壁に聞こえている事なんだけど」
はっ? 石の壁が石の壁と聞こえるのは当たり前じゃないか?
「あんた、今私が二回言った石の壁も両方とも石の壁って聞こえた?」
「はい、石の壁としか聞こえません……けど」
石の壁に何の問題があるんだ? さっぱりわからないぞ。
「あんたの翻訳呪文、おかしいわね」
「翻訳呪文が?」
急に翻訳呪文の話? やばい。この人自分で納得したら俺に親切に教えてくれるひとじゃない。
またおいてけぼりにされるのか。